245話 リザードマン

 俺たちは村を出て柵の向こう側、リザードマンに襲撃を受けた畑へと向かう。


 村の外で巡回中だったモブググたちとも合流し、エルフの集団は二十人近くに膨れ上がった。案内役のエルフを除き、全員が手に槍を持ってリザードマンへの怒りに目を血走らせながら森の中を木々の間を縫うように疾走している。


「こ、こっちです!」


 案内役のエルフが声を上げた。耳がピンと立った、おそらくまだ若いエルフ。彼が一人で畑仕事をしていると、突然リザードマンの大群が畑を荒らしにやってきたのだそうだ。リザードマンが野菜を頬張っている隙に、大慌てで村まで逃げてきたらしい。


「見えたぞ、あそこだな」


 グルタタが槍で前を指し示す。俺たちが森を走り抜けると一気に視界が開け、開拓された平地が目の前に現れた。


 そこは畑が広がっており一見のどかな光景だ。しかし畑の端の方で、なにやらうごめく緑の集団の姿が見える。


 目を凝らしてみると、二本足で立つ緑色の爬虫類の団体様が、腰を屈めて大根のような白い根菜をガツガツと一心不乱に食べていた。


 ――あれがリザードマンか。


 身長は人よりも少し大きい。個体差はあるけれど、ほとんどが二メートル近い長身だ。衣服は粗末な腰布のみで、全身は緑色に鈍く光る鱗で覆われている。そして背中には鋭い石をくくりつけた長い槍を背負っていた。


 爬虫類が二本足で立って野菜をむさぼり食っている光景は、これまで見てきたどの魔物よりも異質な物に映り、俺の中の常識がぐわんぐわんと揺らぐような気持ち悪さを感じる。


「ひいっ、数が増えてる……」


 若いエルフはあまり戦い慣れていないのか、エルフたちとほぼ同数の二十匹近いリザードマンの姿に怯えた声を漏らした。だが長きに渡りリザードマンと戦い続けている武闘派エルフたちは違うようだ。先頭のグルタタが皆を鼓舞するように槍を掲げて叫ぶ。


「怯むなっ! 皆の者、いくぞっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 号令に声を上げながら、足を止めることなく突進するエルフの集団。ええっ、このまま突撃するの!? 俺も加勢するつもりだったけど、思いっきり出遅れたよ!


 そして畑に響く怒号で俺たちに気づいたリザードマンは、長い首をこちら側にぬたりと向けると古い自転車のブレーキ音のような不快な金切り声を上げた。


「ギギギギギギギイッ!」


「うわ、怖っ……って、あれ? リザードマンの声は翻訳できないのか」


 そういう疑惑をかけられたこともあったし、翻訳できるとばかり思っていたんだけどな。俺の呟きを聞き、首に巻き付いているヤクモが答える。


『リザードマンは我らの加護を与えし者ではない。言葉がわからないのも当然じゃっ。あれらも魔素の吹き溜まりより生まれし生物じゃからな』


『なんだ、それじゃあ意思疎通とかできないのか』


『できるわけなかろう、二足歩行できるだけで魔物であることには変わらんのじゃぞ? じゃがヤツらのような亜人種は知恵も回り、集団で行動して常に人の生活圏をおびやかしておる。ゆめゆめ油断はするでないぞ? ……むっ、戦闘が始まったぞい!』


「うおお! 我らの土地から出ていけっ!」「このトカゲ野郎め!」「ぶっ殺してやる!」

「ギイイイイイイイイイイッ!」


 見れば槍を構えたとリザードマンとエルフたちがついにぶつかり、お互いが槍を突き出しての戦闘が始まっていた。畑の中央で怒号と鳴き声が飛び交い槍のぶつかる音が響く中、この場に突っ立っているのは俺たちと、おろおろしている若エルフ、それとララルナだけだ。


『ほれ、イズミ。お前も早くいかんかい! もちろん亜人種も魔物じゃ。ツクモガミで出品できるからの! 狩って狩って狩りまくるのじゃ!』


 ヤクモが尻尾をビンビンと振りながら声を荒げる。頬から首筋にかけて、さわさわ擦れるのがこそばゆい。ヤクモは相変わらず俺に魔物を狩らせたいらしい。


 もちろん俺もついてきたからには、エルフたちに加勢するつもりだったのだが――


『これ、俺がちょっかいだしたら逆に混乱しない?』


 エルフたちとリザードマンは敵味方入り乱れての大混戦。エルフたちは槍をぶん回し、リザードマンは槍の他に尻尾も振り回して反撃している。今までナッシュ、マルレーン、コーネリアと組んで魔物と戦ったことはあったけど、こんな大人数の戦闘なんて初めてだ。


 それにどうやらエルフたちはさすがに長年戦ってきただけあって、お互いが背中を預けフォローしながら息ピッタリに連携しているようだし、俺が加わることで逆に連携が乱れるんじゃないかと思わなくもない。


 それからもうひとつ。俺の隣に立つララルナが、両手を前に突き出して精神を集中させるようにじっと目をつぶっているのだ。


 これはおそらく魔法の詠唱準備なんだろうと思うのだけれど、たまにグルタタやモブググがララルナの様子をチラチラと窺っているのが気になった。


『むっ、たしかに何かを狙っておるようじゃのう……。わかった、せめて姫様でも守ってやるといいぞい』


『言われなくてもそうするよ』


 怪我をしても死ななければヒールでなんとかなるだろうしな。俺はララルナとついでに若エルフに気を配りつつ、エルフたちの戦いを見守ることにした。



 今回は本当に数が多いらしく、エルフたちが常に攻勢のようだが未だに倒れるリザードマンはおらず、攻めきれてはいないようだ。幸いなことにエルフたちには深手を負った者はまだいないようだが――


「いいよ」


 突然ぽつりとララルナが呟いた。その声を耳ざとく拾ったグルタタが叫ぶ。


「皆の者、今だ!」

「おうっ!!」


 エルフたちは一斉にその場から散開し、ララルナの正面にはエルフたちの突然の動きに戸惑うリザードマンだけが残された。


「アイス……アロー」


 ララルナが静かに言葉を放つ。すると――


 いつの間にかララルナの頭上に浮かんでいた十数本の氷の矢が、ララルナの声に合わせてリザードマン目掛けて飛んでいった。


 音もなく突き進む氷の矢は数匹のリザードマンを難なく貫き、リザードマンはそのまま後方へと吹き飛んでいく。地面や大木に縫い付けられたリザードマンは軽く身じろぎすると、すぐにその動きを止めてだらんと手足を垂れ伸ばした。


「ギイギギイイイッー!」


 突然の氷の矢の攻撃に叫びうろたえるリザードマン。もちろんその隙をエルフたちは見逃さない。


「よし、相手は浮足立っているぞ! 残りは我らで仕留めるのだっ!」

「うおおおおおおおおお!!」


 グルタタが号令をかけ、再びエルフたちはリザードマンに向かって突撃を仕掛ける。


 ――それからしばらく後、数と勢いに勝るエルフたちに圧倒され、リザードマンは殲滅されたのだった。



 ◇◇◇



「ヒール」


「なんとイズミ殿は回復魔法まで使えるのか……。重ね重ね疑っていたこと申し訳ない……」


 肩の切り傷に顔を苦痛に歪めながらも頭を下げるグルタタ。太陽の光に反射して頭がピカリと輝く。うおっまぶしっ。


「それはもう気にしなくていいですって。それよりリザードマン討伐お疲れ様でした」


「いえ、本来ならもっと我々の勇ましいところを見せたかったのですが、皆を率いるこの私がこのていたらくとは……お恥ずかしい限りです」


 ララルナがアイスアローを撃ってからの後半戦、少し無理をしたらしいグルタタはそこそこ深い怪我を負っていた。


「リザードマンは普段なら姫様のアイスアローで劣勢になるとすぐに逃げ出すので、そこからは逃げ遅れた者の背中を追って討伐するのみ。……しかし今回は最後まで足を止めて応戦してきたゆえ、命がけの反撃に思わぬ手傷を負ってしまいました。こんなことは今までなかったのですが――」


 そこでグルタタがくわっと目を見開いた。


「はっ!? これはもしや、何かの前触れなのでは……!?」


 グルタタが顎に手をやり首をかしげる。まあ俺はこの人の推理に関しちゃ信用度ゼロなので聞き流すけど。


 俺がサッと顔をそむけると、そこにはほぼ無傷だったモブググを先頭にエルフたちがリザードマンの死体を引きずって森の方へと歩いていく姿があった。俺は話を変えるべくグルタタに尋ねる。


「あの、モブさんたちはどこに行くんですか?」


「川にリザードマンの死体を流しにいくのです。この場で焼くと森に燃え広がるかもしれませんし、かといって死体を埋める手間などヤツらにかけたくはないですから」


「ああ、それなら――」


 俺はリザードマンの死体を収納する役に名乗り出た。もちろんこっそりとツクモガミで売るためだが、これは何も上前をはねるつもりではない。


 リザードマン18匹で36万G。普段、食料が足りないというこのエルフの村人たちに、せめてこのゴールドを使って労ることにしたのだ。


 そうしてその日の夜。リザードマンを大量に返り討ちにした戦果を祝う名目で、村の広場で宴会が始まったのだった。

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