33話 新しい朝がきた
ゴオオオオオオオという謎の異音で目が覚めた。
瞼を開き音がする方に首を向けると、親父さんが大の字になって地面に寝ている姿が目に入った。異音は親父さんのいびきらしい。
焚き火はすでに火が消え、早朝の日の光が地平を照らしている。あーそうか、昨晩はヤケになって、酒を飲んでそのまま寝たんだった。
我ながら魔物もいるようなこの世界で、よく泥酔してそのまま寝ていられたよな。まあ親父さんの太鼓判があったからとも言えるけど。
「うぐ……痛え……」
背中がじんわりと痛く、やけに身体も重い。ダンボールを敷いていただけマシだとは思おう。よく見れば親父さんの体の下にもダンボールがあった。
ダンボールってけっこう便利だなと思いつつ、俺は体を起こそうとしてみたが……思った以上に体が重い。そこで初めて重みの正体に気づいた。
クリシアが俺の胸のあたりに覆いかぶさっていた。これ、どういう状況でこうなったんだ? 衣服は着ているのでセーフと思いたい。
「おい、クリシア。おい」
「……すー。すー。すー」
俺が揺すっても起きやしない。しかしなんだかわざとらしいな、この寝息……。
「なあクリシア、お前……起きてるだろ?」
俺の言葉にクリシアはビクンと肩を揺らす。だがそこから後はなにも反応はない。胸のあたりからバクバクと心臓の鼓動を感じるようになったくらいか。
なんとも言えない気分になった俺はクリシアの細い肩を掴んで引き剥がすと、ようやくそこで身体を起こして伸びをした。
立ち上がると頭に鈍痛を感じる。さすがに昨晩は飲みすぎたらしい。俺は昨日覚えたキュアを自分にかけてみることにした。
頭に手をあて……キュアっと。
お、おおぉ……。すごい、ずっしりと重かった頭がどんどん軽くなっていく。二日酔いに最適だな、この魔法! 地球にいるときにもほしかったくらいだ。
俺がキュアの素晴らしさに感動していると、なんだかわざとらしくあくびをする声が聞こえた。
「ふぁ、ふぁー。えっと……イズミ、おはよ」
「おはよう、クリシア」
「あ、あれ? 私なんでこんなところで寝てるの? そもそも昨日の記憶が殆どないんだけど、なにかあった?」
と、矢継ぎ早にしゃべりまくるクリシア。その目は泳いでるし、額にはうっすら汗をかいている。
けれどもまぁ、昨日のことはテントのことも含め、なかったことにしたい気持ちは俺にもある。ここは乗っかるべきだよな。
「俺も昨日の記憶全然ないんだよ。酒って怖いよな。それよりクリシア、頭痛くないか? キュアいるか?」
「ん……。頭はぜんぜん痛くないかな?」
結構飲んでいたのに大丈夫なのか……。昨日はずいぶんと酔っ払っていたように見えたが、翌日には残らないタイプなのかね。
俺は馬車に残されていた木桶にストレージの水を入れ、顔を洗う。クリシアにも同じものを用意してやったところで、ヤクモがいないことに気がついた。周辺を見渡しても見当たらない。
まさか天界とやらに帰ったってことはないだろうが……。ふと、向こうにポツンと見えるテントが目に入った。もしかしてあそこか?
俺はテントの入り口を開いて中を覗いてみる。そこにはうつ伏せになって寝ている小娘バージョンのヤクモがいた。
「おい、ヤクモ、おい。姿が戻ってるぞお前」
俺はヤクモをゆさゆさと揺さぶってみた。ヤクモがうんうんと唸りながら声を漏らす。
「しゅ、しゅまにゅ……明日までには仕上げるゆえ……納期を一日延ばしてはもらえんか……もう体が限界なのじゃあ……たのむ……たのむ……」
なんという悲しい寝言だ。はやく起こしてやろう。
「おい、起きろっておい」
するとヤクモはうつ伏せから体をぐるりと回転させ、上半身を跳ね起こした。
「ワシは寝てなどいない! ――ハッ! ここはどこじゃ?」
やがて俺と目が合い焦点があってくると、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「はあー……。そうじゃ、ワシ、地上に降りとったんじゃった。すまんなイズミ、誰も使っておらんかったし、テントを使わせてもらったわい」
「ああ、それは別にいいよ。けれどもお前、早く狐にならないとクリシアと親父さんが来るぞ」
「おお、そうじゃな。……っと、そうそう、昨夜のうちにツクモガミにゴミ箱機能は付けてやったからの。後で使ってみるといい」
「わかった。サンキュー」
「うむっ」
ふふんと得意げに胸を張るヤクモ。そんなことやってるから仕事をやってる夢みたんじゃねーかと思ったけれど、俺が頼んだことだったので言うのは止めておいた。案外仕事はきっちりこなすヤツらしい。
ヤクモはその場で銀狐に変化すると、テントから外へと駆け出していった。さてと、俺もテントを片付けるとするか。
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