32話 荒野の酔っぱらい

 クリシアが焚き火の元へとやってきてからしばらく経った。


 その間、クリシアはひたすらワインを飲み続けている。今もまた紙コップの中身を飲み干し、真っ赤な顔で酒臭い息を吐いて俺に顔を近づけた。


「わらしだってねえ、ゆうきをふりしぼって言ったんだからねえ! イジュミ、しょんなにわらしのこときらい?」


「い、いやそういうわけじゃないんだが、俺としてはもう少し自分を大事にして欲しくてだな……」


「わらしのなにが大事かどうかはわらしが決めるの! らいたいねえ、わらしだってねえ、なんとも思ってない人にかららを捧げるなんてしないの! たしかに今日あったばかりらけろ……イジュミなら、イジュミのことが――――もういい! わらしは一生かみさまの伴侶としていきるのら! イジュミなんかきらい!」


「すまん……すまん……」


「ガハハハ! もったいねえことしたな! イズミ!」


 こんな風にクリシアはずっと俺に絡み続けている。酔っ払ってるせいで、さっきから何度も言ってることがループしてるんだよな。親父さんも初めて見る娘の酔っ払った姿を上機嫌に眺め、それをさかなに酒を飲んでいるみたいだ。


『まったく、抱いてやればよかったんじゃ。その後でお前が娘から逃げ出しても、こやつらなら悪いようにはするまいよ』


 モニターにヤクモのメッセージが流れた。当のヤクモはジャーキーを十分満足に食べたらしく、今は俺が紙皿に注いでやった水をぺろぺろと舐めている。俺もソフトキーボードで返信だ。


『とんずらするのが前提なのかよ。そのまま責任を取るって考えだってあるだろ』


『言うても、お前に定住は無理じゃろ』


『ん、まあ……この世界に来て、そこで会った人にお世話になって、そこでそのまま一生を終えるのかっていうとなー。そもそも俺はこれからどうやって人生設計を立てればいいのやら……』


『定住が無理ってのはそういう意味じゃないのじゃが……』


『え? それじゃあどういうこ――』


「イジュミー! ずううううっと気になってたけど、たまにやってる、しょの、指をぴろぴろうごかすの、なんなの! わらしをばかにしてるの? してるんでしょ、してるんだー! うわーーん!!」


 いきなりクリシアがぼろぼろ涙を流しながら俺に乗っかかってきた。


「ぐわっ、クリシアッ! ちょっと、親父さん助けてくれ!」


「ぐはは! 酒の席だ! ちょっとくらい触っても見て見ぬ振りしといてやる! 役得だなあイズミ!」


「イジュミー! ばか! ばがー! うおーーん!」


 赤ら顔の親父さんが愉快そうに声を上げ、クリシアが俺に抱きついて号泣する。ああ、もうっ、酒を飲むのは大好きだし楽しいけれど、酔っぱらいの世話はやりたくないぞ。


 これもすべて俺がシラフなのが悪いんだ。クソッ! こうなりゃ俺だって酔いまくってやる! 後のことなんかもう知るか!


 俺はクリシアに抱きつかれたまま、赤ワインを瓶ごと口を付けて一気に飲んでやった。


「イジュミー! わらしもおかわり!」


「よしきた! ほら、飲め! 飲め!」


「ガハハハハハハハ!」


『イズミ、やっぱりワシも酒をちょっと飲んでみたいぞ。イズミ、読んどるか? イズミ?』


 なんかモニターに文字が出てるがもう知らん。後はとにかく飲むだけだ。よし、ワインをさらに追加しちゃうぞー!


 ――俺は一晩中飲みまくった。こうして俺が異世界転移をした長い長い一日目が、ようやく終わりを迎えたのだった。

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