121話 魔物の買い取り

 俺がカウンターの前で会釈をすると、いかついおっさんは腕を組んだままニヤリと笑った。


「見ない顔だな。新人か?」


「はい、今日この町に来ました。イズミといいます」


「へえ、冒険者にしちゃあお行儀のよろしいヤツだな。俺はガディム、ここで魔物の買い取りやら解体やらを取り仕切ってる職員さ。それで用件はなんだ?」


「魔物の買い取りをしてほしくて」


「おう、わかった。出してみな」


 おっさんが石造りのカウンターをポンと叩いた。ここに載せろってことなんだろう。


 俺は鞄に手を入れて、ストレージからホーンラビットを取り出すとカウンターの上に載せた。


「ホーンラビットか。ほう……一撃じゃねえか。いい腕だな」


 ホーンラビットの角の真下にぽっかり空いた穴を見て、おっさんが感心したように頷いた。


 だがもちろん一匹ではない。カウンターに載せられるだけ載せようと、次から次へと取り出しては載せていく。


「おいおい、まだあるのかよ……」


「ええ、まあ」


 ツクモガミで買い取り不可になった後も、狩れるだけ狩っていたからな。


 ヤクモが言うには魔物の魔素の影響でほんの少しは強くなれるらしいし、それに数を減らせば森で狩りをするキース兄妹の危険も減る。ギルドで売れることも聞いていたし、売らなくても肉がうまい。狩らない理由はなかった。


 しかし二十匹ほどカウンターに置いたところでストップがかかる。


「まっ、待て! 今日はそれ以上は解体できん! ここまでにしておいてくれ! ったく、どれだけ貯め込んできたんだよ……」


 おっさんが呆れたように声を上げると、おっさんの後ろで作業をしていた職員たちも積まれたホーンラビットを見て、ゲンナリとした顔を見せていた。なんか仕事を増やしてごめんね。


 それから査定をしてもらったところ、傷が少なく保存状態も良好ということで買い取りはすべて満額で貰えることになった。一匹3000リンが二十二匹で66000R。


 ナッシュからこの町の物価の話も聞いているが、これだけあればひと月くらいの宿代にはなるだろう。もちろん無駄遣いをしなければだけど。


 職員がやってきて後ろの作業場にホーンラビットを運んでいく中、おっさんに尋ねてみることにした。


「ついでに聞きたいんですけど、この辺でいい宿屋ってありますか?」


「おっ、どういうのを探してるんだ?」


 おっさんが前のめりに顔をぐっと近づけてきた。どうやらいくつかアテがありそうだな。


「ええと、とりあえずとコイツと一緒に泊まれるところがいいですけど……」


 俺がヤクモを指差して答えると、おっさんは考えるように顎に手をあてながら問い返した。


「ふむ……。従魔を外の小屋や厩舎につなげるのではなくて、同じ部屋でってことか?」


「はい、コイツ外だと嫌がるんで」


『当ったり前じゃい。獣姿になることはともかく、獣扱いはさすがに嫌なのじゃ』


 ヤクモが耳の後ろを脚でガリガリとかきながらメッセージを飛ばす。まあ俺としても気持ちは理解できるので、これは必須の条件だろう。


「うーん……。駆け出し冒険者となると、相部屋で家賃は節約するもんだが……従魔と一緒じゃあ無理だろうなあ。一人部屋で従魔と泊まれる宿か。……おい、コイツのしつけは大丈夫なのか? あちこちで小便とかクソを撒き散らしたりしねえだろうな?」


「フニャンフニャン! フシャーー!」

『するわけなかろうが! 失礼なやつじゃなあ!』


 ヤクモの剣幕に、おっさんは目を丸くして一歩後ずさる。


「おおっと。コイツ、言葉も理解できるのか? それならまあ、なにかあったときは賠償金を払うと言えば……」


 おっさんは顎髭をジョリジョリとこすりながらしばらく考えると口を開いた。


「よし、それなら俺の妹夫婦が営んでる宿を紹介してやる。だがな、従魔がなにかやらかしたらお前が弁償するんだぞ? 俺はお前の懐具合を把握してるんだからよ、払えないなんて絶対に言わせねえからな?」


「うぐっ、それでもいいので教えてください……」



 ◇◇◇



 俺たちは宿の場所を教えてもらうと、おっさんに追い立てられるようにギルドを後にした。部屋が埋まらないうちに、さっさと契約してこいとのことだ。


「――ええと、この緑の看板の建物で左に曲がるって言ってたな」


 緑の看板の店はパン屋のようだ。外の通りにまで焼き立てのパンのいい匂いが漂ってきた。


 その匂いを楽しみながら角を曲がり、しばらく歩いていると、突然路地の方から女の子の鋭い声が聞こえてきた。


「ちょっ! マジでやめてってば!」


「へへっ、いいじゃねえか。ちょっと付き合えよ」


 路地を覗き込むと、酒瓶を持った若い男が若い女の子に絡んでいるのが見えた。男は女の子の腕を掴み、路地のさらに奥の方へと引っ張っていこうとしている。


『どうするんじゃ?』


 ヤクモが俺を見上げて尋ねる。


『うーん……。町でこういうのに片っ端から首をつっこんでいくと、体が持たないような気がするけど……。でもなあ、見てしまったもんはなあ……』


『そうじゃな。ワシとしてもお前に世のため人のために生きろとまでは言わんが、自分の周辺の悪事を見てみぬ振りをせんくらいの甲斐性は持ってほしいと思うぞい。神々からそれができるくらいの力は貰っておるじゃろし、善い行いをすることで神々に報いるのは喜ばしいことなのじゃ』


 正義を執行しろとまでは言わないが、やれそうな善行は積んどけってことらしい。俺としても、あの子が酷い目にあったとか、後で知ったりしたらキツいしな。


『……よし、ただの痴話喧嘩だったりしたら恥ずかしいから、まずは事情を聞いてみることにするわ』


 俺はヤクモにひとつ頷いてみせると、薄暗い路地の中へと入っていった。



――後書き――


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