120話 冒険者登録と受付嬢

 俺は一番空いていたカウンターの列に並んで順番を待つことにした。


 混雑する時間帯なのか行列ができているというのに、あからさまにこの列だけが空いている。ここの受付嬢が冒険者から人気がないのか、それとも仕事が早いのか、どちらかだろう。


 俺は前に並ぶ人の脇から、受付嬢を覗き見た。歳は今の俺と変わらないくらい。この世界ではそれほど珍しくはない青髪を片側に束ねた、いわゆるサイドテールだ。


 受付嬢を顔で選んでいるなんて話も聞いただけあって、お顔の形は良いのだけれど……順番を待っている間に、どうして列が空いているのかわかってきた。この受付嬢、接客態度がすこぶる悪いのだ。


 この列の右側の受付嬢なんかはニコニコと笑顔を絶やさず、なにかを手渡す際には軽く手まで握っている。コンビニでかわいい店員からやられたら、自分に気があると勘違いするアレだ。


 だというのに、この列の受付嬢は視線すら合わせることなく、仏頂面で仕事を淡々とこなしている。愛嬌も愛想もまったくない。


 そんな風に観察しているうちに自分の順番が回ってきた。俺が椅子に腰を下ろすと受付嬢がダルそうに話しかけてくる。


「あー……冒険者ギルドへようこそ。どういったご用件すかー?」


「ええと、冒険者登録と、こっちの従魔の従魔登録をお願いしたいんですけど」


 受付嬢はじっと俺の顔、そして椅子の横にぺたんと腰をおろしているヤクモを見ると、すぐに口を開いた。


「……っした。それじゃーまずは冒険者登録から。私が記入するんで、質問に答えていってくださいねー」


 受付嬢はなにやら紙を取り出すと、名前、年齢、出身地などを尋ね、俺は聞かれるがままに答えていく。イズミ、十八歳、レクタ村だ。


「で、ジョブはどうするんすかー?」


 ジョブと言っても、もちろん職業のことではない。みんな冒険者って職業だからな。


 ナッシュに聞いた話によると、ジョブとは自分の能力の中で何に特化しているかを明らかにした通称みたいなものだ。いくつかの決められた固有名詞の中から自分で選ぶ。


 例えば手先が器用なら盗賊と名乗る者もいるし、ヒールが使えるなら治癒師、攻撃魔法が得意なら魔術師といった具合だ。ちなみにナッシュは剣士で、ドルフは斥候と名乗っていたらしい。


 なお、魔法が使えないのに魔術師を名乗ったりすることはできない。ギルドでなにか魔法を見せる必要があるそうだ。腕前の査定まではしないので、魔法が使えれば魔術師を名乗れるし、剣さえ持っていれば剣士は名乗れるらしいけど。


 ジョブを決めておくことで、他の冒険者と連携を取るときや依頼人に挨拶をするときに自己紹介が簡単に済む。その程度のものだ。なので変えたくなればギルドに申請すればいつでも変えられる。そして俺が選択するのは――


「従魔使いでお願いします」


「はーい。了解っす」


 弓術が得意ということで、ナッシュには狩人を薦められたが、今後の習得スキル次第で得意が増えるかもしれないからな。そうなった場合、またジョブを変えるのも面倒くさい。


 そこで得意武器は関係ない従魔使いにすることにした。従魔使いならヤクモがいる限り変える必要はないからな。ヤクモがいつまで俺と一緒にいるのかは知らないけど。


 そうしてジョブを記入してもらった後は、以前アレサから聞いた細々とした昇級や除名やらの規約をかったるそうに受付嬢から聞かされ、それであっさりと俺は冒険者になった。


 鉄板に俺の名前とGランクと刻んだギルドタグを貰い、従魔登録も俺のギルドタグと同じものを貼られた革製のリングを右後ろ脚に巻いたらそれで終わりだ。


「これでしゅうりょーです。他にご用件は?」


「ええと、狩ってきた魔物を売りたいんですけど」


「それは向こうのカウンターっす。ではまたよろしく。次の方どうぞー」


 受付嬢はフロアの右側を指差すと、さっさと後ろの客を呼んだ。


 カウンターから離れ、とりあえず言われた方向に歩いている途中、ヤクモからメッセージが入った。


『どうしたんじゃ? げんなりとした顔をしおってからに』


『いやあ、接客態度がひどかったろ? こういう顔にもなるってもんだわ』


 そういえば、ヤクモなら仕事がなっとらんとか怒り出しそうなもんだけど、様子を見る限りそういうわけでもなさそうだ。気になったので聞いてみることにした。


 ヤクモはリングを巻いた脚をぷらぷらさせながら答える。


『愛想よく接して専属の冒険者を捕まえれば出世に繋がるとは聞いてはいたが、別に愛想を振りまくのが仕事ではなかろ? むしろ事務をサクサクと手際よく終わらせたし、仕事はできる方とも言えるではないのか?』


『まあ、たしかに怠けてるわけではなかったけどな。でもどうせなら、最初くらいは美人の受付嬢にやさしく丁寧に接客をされてみたかったんだよ、俺は』


『相変わらずアホじゃなあ。でもそういうことなら、次からは接客態度のいい受付嬢を選ぶことじゃな』


『いや、それはやらないけど。せっかくだし俺はこれからもあの子を選ぶことにするぜ』


『は? わけわからんのう。どういうことじゃ?』


『だってさ、仲良くなったらなったで、ギルドから仕事を押し付けられることがあるって話をナッシュやアレサから聞いたろ? でもあの子なら仲良くなりようがないから丁度いいじゃん』


『ふーん、そういうことか。それにしても相変わらず変に女と距離を取るヤツじゃの。そのくせスケベじゃし、意味がわからんわ』


『俺は女関係で余計な心労を背負い込みたくないんだよ。この町にだっていつまでいられるかわからないのに、女の子と付き合えるわけないからな』


『まあそれはたしかにそうなんじゃが……。いい加減な性格のくせに、なんでそこだけはしっかりしとるんじゃ』


『お前も知ってるだろうが、俺は今の見た目の年齢じゃないからな。やりたい盛りの年頃はとっくに過ぎてるんだよ。体目当てなら割り切ったお付き合いだけで十分満足できるし。……そういえば今度こそ娼館を探さないとなー』


『はあ……そうかい。それよりほれ、買い取りカウンターはアレじゃないかの?』


 ヤクモが顎でくいっと指し示した方向には、受付嬢のいた木製カウンターとは違う無骨な石造りのカウンターが置かれ、強面のおっさんが腕を組みながら俺を待ち構えていた。どうやらあそこで間違いなさそうだ。

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