215話 エルフ

「げっ、エルフじゃん……」


 いきなりのエルフの登場に、俺は後ずさりながら呟く。ヤクモがなんやかんやと言ったせいで、俺の中のエルフ株は最安値を更新中だ。


 だがそんな俺の呟きにも、ヤクモはしれっと答える。


『そうじゃのー、エルフじゃの。じゃがな、お前はまだ何か被害にあったわけではないからなー。それを見捨てるのはどうかと思うぞい?』

 

 俺を窺うように首元のヤクモがチラッと横見しながら言った。まあたしかにヤクモは俺とは相性が悪いってだけで、悪い種族だとは言ってはいないんだよな。


 ヤクモからはせっかく神から力を授かったのだから、やれる範囲の善行はなるべくやっておけと言われている。


 その考えに異論はないし、人命救助なんてのはその最たるものだろう。もちろん俺としても最初から見捨てるつもりはなかった。


「……とりあえずヒールだな」


『うむっ!』


 どこか嬉しそうにヤクモが念話を返したのを聞きながら、俺はヒールを唱える。すぐに淡い光がエルフ娘の全身を包み込んだ。


 すると眉間にシワを寄せて苦しそうにしていたエルフ娘が、すうっと穏やかな表情に変わった。


 ヒールをかけると、どの辺りが治癒されていくかぼんやりとわかったりするのだが……今回はヒールの魔力がエルフ娘の気管や肺の辺りに集中していたように感じた。


 やはりこのエルフ娘は溺れかけていたのだろう。衣服は水着のようには見えないので、ボートか何かが転覆し、なんとか岸にたどり着いたものの力尽きて気を失ってしまった……といったところなのかもしれない。


「おーい。大丈夫か?」


「……」


 とりあえず生命の危機は脱したはずだ。しかし俺の呼びかけにエルフ娘はまったく反応しない。


 ぺちぺちと頬を叩いてみた。ついでなのでエルフ娘の泥まみれの顔にクリーンをかけてみる。泥がふわっと流れ落ち、彼女の顔が明らかになる。


「わお……」


 思わず声を漏らす。それくらいに美しく整った顔をした娘だった。この世界でも、エルフというやつはやっぱりみんな美形なのかね?


 そんなことを考えながらも、冷たくてすべすべな頬をひたすらぺちぺちと叩いているのだが、一向に起きる気配がない。


「おーい、おーい」


 ぺちぺちぺち。彼女の頬がちょっとずつ赤くなってきた。さすがにこれ以上叩くのは止めとこ……。


 俺はしゃがみ込んだまま一度大きく息を吐くと、ヤクモに尋ねる。


「なあー、どうしよ? この娘……」


『ヒールは気付けにはならんようじゃのー。それなら拠点に連れ帰るしかあるまい』


「だよなー……」


 意識を無くしたまま、こんなところに放置すりゃ魔物のエサだ。せっかく助けたってのに、ここで死なせたら寝覚めが悪すぎる。関わったからには、俺も少しは責任を持たないとなあ。


 俺は自分の髪の毛をくしゃりとかき混ぜながら、どうやって連れ帰るかを考える。


 お姫様だっこは却下だ。抱いて移動している最中に目を覚まされでもしたらトラブルになりそうな気がビンビンする。だって人嫌いのエルフだもの。


 俺はツクモガミを起動させると、人ひとりを持ち運ぶのに便利な道具――リヤカーを検索することにした。


 しかしツクモガミのモニターにずらりと並ぶ、シルバーに輝くアルミ製のご立派なリヤカーたちを見て驚いた。……リヤカー、めっちゃ高いんですけど!? 中古の安い物でも二万Gとかするぞ?


 ……うーむ、おかしいな? 以前どこかで見かけたリヤカーはもっと安かったような……?


 ゴールドに余裕はあるが、それでも節約できるところは節約したいからなあ……。えーと……安いリヤカー、どこで見たんだっけ。ああ……そうか、あそこで見たのか。


 俺はツクモガミのお気に入りアカウント欄から【アウトドアおじさん】をチェック。するとやはりアウトドアおじさんの出品欄にはリヤカーのような物があった。


【キャリーワゴン 7200G】


 おお、これだこれ! リヤカーだと思っていたが、少し違うものらしい。


 商品説明欄によると、キャンプ場の駐車場まで車で行った際に、そこから目的地までキャンプ用品を運ぶのに使う、折りたたみ可能な荷台がこのキャリーワゴンなのだそうだ。


 全体が金属で作られているリヤカーと違い、骨組みのみ金属で残りは布で覆うタイプなので安く、そして軽い。 


 それでも持ち運べる容量は十分ありそうで、耐荷重も100キロ。これなら十分にエルフ娘を乗せられるはず。


 そしてなにより、安心と信頼のアウトドアおじさんだ。俺は迷わず購入ボタンをポチっと押した。

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