216話 キャリーワゴン

 俺は購入したキャリーワゴンをさっそくストレージから取り出した。


 俺の目の前に現れたのは、スーツケースの半分くらいの大きさに折りたたまれているグレーのキャリーワゴン。スーツケースと比較すると下に付いた車輪だけはやたらと大きく、なんとなくオフロード車のタイヤを思い浮かべた。


 そしてキャリーワゴンには、いつものように紙切れが同封されていた。一枚は説明書、もう一枚は近況の書かれた毎度おなじみのアレだ。


『キャリーワゴン、お買い上げありがとうございます^^ こちらほとんど布ということもあり、湿気には弱いです>< とてもカビが生えやすいので、しっかりお手入れしてあげてくださいね。実は私も初めて買ったキャリーワゴンは、カビでダメにしてしまいましたT^T あっ、これは三台目でして、しっかりお手入れしていますのでご安心ください^^ 組み立て方法、お手入れ方法は別紙参照です^^ なお今回こちらを手放すのには理由があります。実は今度、私はアウトドア婚活パーティーというイベントに参加することになりました^^ それがキャンプ場に現地集合なものですから、色々と持ち込もうと思いまして、どうせなら女性受けするような派手めのキャリーワゴンに買い替えて目立っちゃおうかな^^;なんて^^; そういうことで奮発して新しいのを買っちゃった次第です^^』


 話なっが……! とにかくカビが生えやすいことだけわかった。まあクリーンがあるし、ストレージに入れれば時間が止まるので、あまり関係ないんだけどね。


 それにしてもアウトドアおじさん、アクティブにがんばってるなあ。お相手もアウトドア婚活なんてイベントに参加するくらいなんだから、きっと趣味も合うだろうし、いい人見つかるんじゃないか? アウトドアおじさんに幸多からんことを願うぜ。


 ……さて、俺はさっそくアウトドアおじさん入魂の説明書を頼りにキャリーワゴンを広げていく――と言っても、折りたたまれたものを広げるだけなのですぐに終わった。


 そしてぐっしょり汚れたエルフ娘の全身にクリーンをかけてきれいにした後、そっと持ち上げてキャリーワゴンの中に膝を立てた状態で寝かせた。


 それにしても気を失った人をこういう物で運ぶのって、なんだか犯罪臭がするな……。前の世界でこんなところを見られたら、間違いなく通報される案件だぜ。


 俺は未だ目を覚まさないエルフ娘を見下ろしながら、首元の狐マフラーをポンと叩いた。


「さてと、それじゃ戻るか。走って帰るからしっかり掴まってろよ?」


『うむっ、わかったのじゃ!』


 ヤクモが返事をして俺の首元がぐっと締まる。息苦しくはないけれど暑苦しさが格段に増した。しゃーない、これは我慢しよう。


 実はフロートで空高く上がり、湿地帯をまっすぐ突っ切るというプランも考えた。しかし昨日空に浮かんだ感覚からして、人間二人分の重量と十分な高さを維持することによる魔力の消費量はバカにならないと思える。


 それにたまに見かける空を飛んでる魔物に襲われでもしたら、キャリーワゴンを掴んだままだと危険だろう。片手じゃ弓矢も使えないからな。


 かと言って手を離したら、フロートの対象はひとつだけ――キャリーワゴンはあっという間に地面に向かって真っ逆さまだ。それなら湿地帯を走ったほうがマシに思えた。


「フロート」


 フロートを唱えると、俺と俺が掴んでいるキャリーワゴンがふわりとほんの少しだけ浮上する。


 後は手を離さないかぎり、このまま進んでいけるだろう。とりあえずいつ手を離しても大丈夫なように、泥の深いところや沼を渡るのは止めておくことにしようかね。


 そうして俺はキャリーワゴンを引っ張りながら、まずは来た道を戻るために川沿いを走り始めたのだった。

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