217話 行きはよいよい帰りは
キャリーワゴンを引っ張りながら、俺は湿地帯をひたすら走る。
フロートのお陰で悪路はどうってことはない。ただ、行き道は沼や泥深い場所を気にせず通過していたけれど、今はそれらを避けながらグネグネと遠回りしているので、思ったよりも時間がかかりそうな予感がする。
日没まで十分間に合うと思っていたのに、あまりゆっくりとはしていられなさそうだ。俺は走るスピードをさらに早め――
「――おっ?」
近くの藪に潜む一匹のソードフロッグと目が合った。しかし今は狩りよりも、日没までに帰ることが優先だ。幸いソードフロッグはそれほど好戦的じゃない。
俺はソードフロッグをスルーして、そのまま真っ直ぐ走り続ける。すると、ゲコッとひと鳴きしたソードフロッグは、ピョコピョコと跳ねながら俺の後を追いかけてきた。
絡んできたのは想定外だが、フロートを駆使しつつ【俊足】スキルもある俺の走行速度は相当なものだ。追いつかれることはなさそうだし、距離を離せば諦めるだろう。
俺は無視を決め込み、走り続けることにした。
――そうしてしばらくすると、今度は俺の【空間感知】が別の存在を捉えた。背後を見ると別のソードフロッグが二匹、目をぐりぐり動かしながら俺に向かってぴょんぴょん跳ねている。
だがその視線は俺というより、俺が引っ張っているキャリーワゴンを見ているように感じた。……うーむ、もしかするとこのキャリーワゴンは、やたらとソードフロッグを惹きつける物なのかもしれない。
前の世界の話だが、カエルってエサが無くても、変わった見た目の疑似餌だけで簡単に捕まえられるんだよな。子供の頃、田んぼでカエル釣りして遊んだよなー。
そんなことを思い出しつつも、俺はソードフロッグからの逃走を続ける。俺の足の方が早いのは間違いない。距離が離れていけば、そのうち諦めてくれるだろう。
――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
距離を離してもソードフロッグが付いてきている気配がする。しかもソードフロッグだけではなく、それを餌にするバジリスクまでやってきて、そこからさらに別のバジリスクがリンク、そのうちもう一匹がリンク、もうひとつおまけにリンク、リンク、リンク。
さらには物音に釣られたのか、狩りでは無視していたようなコウモリ、トンボ、モモンガみたいな小さめの魔物なんかも現れて――
気がつけば、俺の背後を魔物軍団が追走しているような状況になった。なってしまった。
ドドドドドドドドドドッ……! 激しい物音が背後から響いてくる。
『ヒッ、ヒイィィー! おっ、おい! イズミ! これどーするんじゃっ! どーするんじゃコレッ!』
ヤクモが首を仰け反らせて迫りくる魔物軍団を凝視しつつ、念話でキンキン声を頭に響かせた。
「だ、大丈夫だって! 追いつかれたワケじゃねえし!」
とはいえ、内心では心臓がバックンバックンだ。付いてきている魔物の数が尋常じゃない。
ネトゲでこういうのあったよな。トレインってヤツだ。大量のモンスターを引き連れて走り回り、周囲を巻き込んで大事故を起こすという、はた迷惑なアレだ。
幸いなことに集落の漁師なんかはとっくに帰っている時間帯。他人を巻き込む危険はないと思うが、なにより今は俺が危ない。
かと言って、いまさらヘタに足を止めてしまえば魔物の群れに囲まれかねない。ちらっと背後を見ると、少しずつ俺からは距離が離れているように見える。このままいけば大丈夫か? こうなれば体力勝負だ。
俺はストレージからスタミナポーションを取り出すと、片手で蓋を開けて一気にグビッっと飲み込んだ。
すぐに身体の中の疲れがふんわりと消えていくのを感じ、その気持ちよさに足元が一瞬ぐらっとふらつく。
俺は足を踏ん張りその感覚を耐え凌ぐと、背後の魔物たちから距離を離すべく、まだ先の見えないゴールを目指してさらに足を早めるのだった。
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