218話 リンク狩り

 見上げた空は夕暮れに染まりつつある。俺は額から流れる汗を拭いながら、ちらりと背後を覗き見た。そこにはどんどん数を膨らませながら、俺を追いかけ続ける魔物たちの群れの姿があった。


 まったくコイツらはどうしてここまで俺に執着しているのか。トレインの最後尾の連中なんかは、自分たちが何を追いかけているのかも知らないんじゃないか?


 少しの間立ち止まれば、すぐに追いつかれるような距離感。沼を迂回する俺と違い、魔物たちのほとんどは沼を通過してショートカットしている。そのせいで思ったほどは距離を稼げていない。


 しかし湿地帯はそろそろ終わる。あれほど辺りに生い茂っていた丈の短い草は姿を消しはじめ、息を切らしながら吸い込む空気からも、青臭さや泥のような臭いが薄れつつあった。


 俺は最後の力を振り絞りそのまま湿地帯を走り抜けると、すぐさまフロートを解除して泥土ではない乾いた大地を自分の足でしっかり踏みしめる。そしてキャリーワゴンから手を離し、背後へと向き直った。


 湿地帯を抜けたというのに、諦めの悪い連中が鳴き声やら唸り声やらを撒き散らしながら、ものすごい勢いで俺目がけて突っ込んできている。その迫力はまさに眼前に列車トレインが迫ってきているかのようだ。


 その光景に一瞬背筋がブルッと震えたが、俺は一度だけ軽く息を吐くと弓を手に持ちトレインと向かい合う。


 そしてストレージからカーボン矢を一本――いや、一本じゃ足りない、三本掴み取り、その三本を同時に弦につがえる。そして力いっぱい弓を引き絞ると、一気に撃ち放った。


「悪鬼滅殺ッ!! イーーグルッショットオォォォーーーーーー!!!!」


 俺から大量の魔力を抜き取ったイーグルショットは、緑の光を纏いながらトレイン目がけて唸りを上げる。


 そうして緑の閃光は大地を削りながら突き進み、魔物のトレインと衝突し――一瞬で辺りを真っ白に染め上げた。途端に耳をつんざく轟音と爆風が俺の身体を激しく打ち付ける。


 ――やがてそれらが静まり、舞い上がった砂煙が晴れていった。


 しんと静まり返った平原、魔物の姿はどこにもなく――射線に沿うようにまっすぐ削り取られた大地だけが残されていたのだった。


「はあ……」


 俺は大きく息を吐いてその場にどさっと座り込む。……やれやれ、しつこすぎだろ。平原まで追ってくるようなら、これしかないと思ってやってみたけれど、思った以上にうまくいってくれた。


 これってまさに、ネトゲでいうところのリンク狩りだよなあ。大量に集めたモンスターを範囲攻撃で一気に倒して経験値ウマーするアレだ。それをまさかリアルで体験することになるとはなあ……。


 しかし魔物は跡形もなく消し飛んだので、金銭的な旨味はなにもない。それどころか、イーグルショットの三本分で一気に魔力を消費した感が……って、あれ?


「なあ、ヤクモ。イーグルショット三本分にしては、めっちゃ魔力が減ってるような気がするんだけど」


 俺の問いかけに、首元で身じろぎすらせず固まっていたヤクモがようやく息を吐き出した。


『ぷはー……怖かった、怖かったのじゃ……。これからはもう少し後先考えて行動するようにしてくれい』


「あー、それはまあ悪かったけど、結果オーライってことでさ。それで魔力のほうはどういうことなんだ?」


『それはアレじゃ、お前は魔物を倒すと最大MPが微増するという話はしたじゃろ? 今回はあれだけの魔物を一気に倒したんじゃ。体感できるほどに最大MPが増えたせいで、今の魔力が少なく感じられるのじゃろう。しばらくすればまた満タンになるから放っておけい』


 なるほど、つまりは一気に胃袋が大きくなったから、腹が減ったように錯覚してるってことらしい。


「そういやそういう設定もあったなあ。あまり恩恵がないので忘れてたわ」


『設定言うないっ! ワシらがお前の身体をこさえるのにどんだけ苦労したと思っとるんじゃっ!』


「はいはい……っと。……それにしてもこれだけ騒ぎを起こしても、全然起きないんだなあ」


 俺はキャリーワゴンの中で身じろぎせずに眠り続けるエルフ娘を見て、大きくため息をついたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る