137話 下ごしらえ

 肉、ネギ、しいたけと切っていき、最後の白菜に手を付けていると、両サイドの髪の毛をふわふわ揺らしながらマリナがやってきた。


 どうやら裏庭に干している洗濯物を取り入れに来たらしく、大きなカゴを持っている。


「あれ? イズミンなにしてんの?」


 和解したマリナは、いつからか俺のことをイズミンと呼んで気軽に話しかけてくるようになった。最初に会ったときみたいに目をキラキラさせて話すことはなくなったが、まあこれはこれで付き合いやすくていい。


「ああ、晩飯の準備してんだよ」


「ふーん。いつもは部屋でなんか食べてんのに、今日はやたら手間かけてるじゃん」


「F級に昇級したからなー。そのお祝いだな」


 俺がそう答えると、マリナが顔を引きつらせて一歩後ずさった。


「うわ、自分で自分を祝うん? さみしくね? イズミン、祝ってくれる友達とかいねーの?」


「今日は食事に誘われたけど、断ってきたんだよ。どうしてもコレが食べたかったからな」


 この町に友達はいないがウソは言っていない。そんな俺に表情を和らげながらマリナが口を開く。


「ふーん、ま、よかったじゃん? イズミンならF級くらいラクショーだとは思ってたけどね。あたしが代わりに祝ってあげる。とりまおめっとー」


 そう言っておざなりにぺちぺちと両手のひらを叩いた。F級で大げさに祝われるのもどうかと思うので、これくらいでちょうどいいのかもしれない。そしてマリナは手を止めると作業台に目を向けた。


「ところでこれ、何の料理作ってんの?」


「あー……。俺の地元の料理だな」


「へー。そうなん? てか白菜使う料理って珍しくね? あたしが知ってるのはサラダや漬物くらいなんだけど」


 マリナがじろじろと食材を眺めながら尋ねる。というか白菜、こっちの世界にもあったのか。こっちで買えば安上がりだったかなあ……。


「お、こっちはカタンプ茸じゃん。シブいの使うね~」


 しいたけを見ながらマリナがつぶやく。てっきりマリナは「あっそ、がんばってー」くらいで仕事に戻ると思ったけれど、思わぬ食いつきっぷりだ。


「マリナって料理に興味あんの?」


「え? そりゃあるっしょ。そうじゃなきゃ宿屋の娘なんてやってらんないからね」


 当然とばかりに答えるマリナ。なんとなくイメージ的に料理はからっきしだと思っていただけに意外だな。宿屋ではウェイトレスをやってるところしか見てなかったし。


「……それならこれ一緒に食うか?」


「え、いいの? マジ?」


 マリナは目を見張って俺に問い返す。


「いいよ。この料理は人が多い方がうまいしな」


 鍋は大勢で一つの鍋を囲むのが醍醐味だよな。前の世界ではもう忘年会くらいしか大勢で鍋料理を食う機会なんてなかったし、ヤクモを入れて三人とはいえ、久々にその醍醐味を味わいたかった。


「下準備が終わったら俺の部屋で食うから、夕方の鐘が鳴るくらいに来てくれ。宿の手伝いは大丈夫か?」


「もともとそんな忙しくないし、それくらいの時間なら大丈夫! 絶対行くからね! ママに夕食いらないって言ってくる!」


 マリナは慌てて洗濯物を取り入れると、跳ねるように宿に戻っていった。自分で誘っておいてなんだが、こんなに喜ばれるとは思わなかったな。


 さてと、マリナが来る前にいろいろ準備をしないと。俺は切り終わった食材をストレージに片付けると、再びツクモガミを起動させた。



 ◇◇◇



 俺の部屋のテーブルの中央にはカセットコンロの上に置かれた土鍋が鎮座している。


 ツクモガミで買ったこの土鍋の中には、同じくツクモガミで買った鍋のスープのもとがぐつぐつと煮えたぎっていた。ちなみに今回は醤油味だ。


 そこに次々と具材を投げ込み煮えるのを待っていると、扉が開きマリナが入ってきた。


「イズミン、きたよー……って、うわ、すっごいいい匂いがするんですけど!」


「だろ? ほら、そこ座って。もうすぐ煮えるから」


「あっ、これパパとママから。昇級祝いだって。ほら開けてみて」


 マリナから差し出された木箱を言われるままに開ける。箱の中には黒い革製のベルトが入っていた。


 太く頑丈そうなバックルが付いており、革は黒くつやつやと光っている。俺が腰に巻いている細くてぼろぼろのベルトよりもよっぽど上等な物のようだ。


「冒険者ならベルトにも気を使えってパパとママがね。ちぎれることだってあるかもだし。あたしも少しはお金を出したしダサくないのを選んだから、ちゃんと使ってよね」


「えっ、もしかして前から準備してくれてたのか?」


 マリナが昇級を知ってから買いに行ったにしては早すぎる。俺の問いかけに少し照れたようにマリナがぷいっと横を向く。


「言ったっしょ、F級ラクショーだって。そりゃあ先にお祝いくらい用意しとくって。なんだかんだで長期滞在のお得意さんなんだし」


「おお、そうなのか……ありがとな。大事に使わせてもらうわ」


 大げさに祝われるのもどうかなんて思っていたけれど、やっぱり嬉しいものは嬉しいな。ニマニマとベルトを眺める俺に、マリナが顔を赤らめながらしっしっと手を払う。


「もうっ、なんか恥ずいから早くしまいなってマジで。……そ、それで料理なんだけどさ、この大きな鍋をみんなでつついて食べるカンジなん?」


 強引に話を打ち切られたが、まあいい。こっちも本題に戻るか。俺はベルトをベッドの上に置きながら答える。


「ああ、そうだ。こういう料理こっちにはないのか?」


「んー。皿に取り分けるのが普通じゃね?」


「そういうもんか。まっ、こうやって煮込みながら熱いのをみんなで食うのがいいんだよ」


「へえー、なんか面白そうじゃん」


 マリナは椅子に座ると、鍋の中を覗き込んだ。


『なー、まだか? もういいじゃろ?』


 足元のヤクモからメッセージが届く。さっきから鍋の匂いだけでだらだらとよだれを垂らしているのだが、後で床を拭いてくれないかな。


「……それじゃそろそろ食うか。手元の皿に好きなのをよそってくれ」


「まま、今日はイズミンが主役みたいなもんじゃん? 最初の一口はイズミンが食べなよ」


 マリナがすすっと俺に手を向けながら言った。意外と遠慮するところもあるらしい。


「そうか? それじゃ遠慮なく」


 そう言って俺はたっぷりスープの染み込んだ白菜に狙いを定めると、鍋の中に箸を突っ込んだ。

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