136話 鶏肉

 ハンマーエイプを狩った三人組からは、再び感謝の言葉を述べられた。この後一緒にメシでもどうだとも誘われたが、今日はどうしてもが食べたい。そういうことで、食事はまた今度の機会にしてもらった。


 そして冒険者ギルドを後にした俺は今、祝福亭の裏手にある庭の井戸の前にいる。ここは宿泊客が体を洗ったりするのに利用する場所だ。だがもちろん体を洗うわけではない。


『なーイズミー。ここで何をするんじゃ?』


 さっきからそわそわと俺の周りをくるくる回っているヤクモが尋ねた。


『メシの下ごしらえだよ。部屋の中じゃできないし、宿の厨房を借りるにしても忙しそうだったからな』


 メッセージを打ち込みながら、俺はストレージから作業台を取り出す。これはレクタ村の大工に作ってもらった1メートルほどの高さのシンプルな台で、外で料理をするにはちょうどいい代物だ。


『そうか、それで結局なにを作るんじゃ? そろそろ教えてくれてもよかろ? なー?』


『鍋だよ』


『鍋? 料理を作るって話じゃったろ。なんで鍋を作るんじゃ』


『あー、そうじゃなくて鍋料理だよ。後は見てればわかるから。ほら、離れな』


 俺は足元にまとわりつくヤクモを手で追い払うと、ツクモガミを起動して白菜を検索した。フリマアプリを流用しているツクモガミは肉や魚といったナマモノ関係は弱いのだが、野菜はよく売られているので助かる。


 無農薬と銘打って、妙に高い野菜が多いのが難点だけどな。正直なところ、俺は農薬が使われていようが安い方がいいのだ。とはいえこっちは出品されている物を言い値で買うしかない。四玉入りで2000Gの白菜を購入することにした。


 さらにはネギ、生麺タイプのうどん四袋も購入。豆腐がなかったのは残念だが、そもそも俺って自炊で一人鍋やる時なんてキャベツと豚肉しかいれないこともあったしな。無い物は仕方ないと割り切ろう。


 しいたけはリキアの森に生えていた、しいたけに似ている【カタンプ茸】というのをいくつか採ってたのでそれを使う。ちょっと怖いが薬師スキルを信じよう。


 そして最後に解体してもらったクロールバードをまるごと取り出す。サッカーボール二つ分くらいの大きさだが、毛をむしられ首と内臓が取り除かれてるせいか思った以上に軽い。


 ひと通りの食材を作業台に出し、まずはクロールバードから切っていこうと包丁を握ったときに……いつもと違う感覚がした。


「おっ……?」


『ん? どうしたんじゃ?』


 俺は包丁を何度も握り直しながらヤクモに答える。


『ほら今日、短剣のおっさんからスキルを習得しただろ?』


 今日は三人組の治療ついでに、残り二人からもスキルを習得した。


 短剣のおっさんからは【短剣術】と【俊足】。【俊足】は足が早くなるスキルだ。そして長剣のおっさんからは【跳躍】。こっちはより高く飛べるスキル。


 身体強化系のスキルは地力の強化になるので嬉しかったものの、短剣術は使わないかもなと思っていたが――


『【短剣術】が包丁にも適用されているな。……っと』


 俺はクロールバードの肉塊を真上にブン投げると、それ目掛けて包丁を投げつける。包丁は肉塊にブスッと突き刺さり、くるくる回りながら俺の手元に落下してきた。


 それを両手でキャッチする。包丁の刺さった場所を見ると、狙った通りに鶏肉のど真ん中に命中していた。


『ナイフ投げみたいなこともできるみたいだ。これはちょっと便利かもなー。ツクモガミで投てき用のナイフ買っとこうかな?』


『いいかもしれんが、今はそれよりもメシじゃろメシ』


『はいはいっと』


 俺はヤクモに適当に返事をすると、まずは鶏肉を一口サイズにカットすることにした。

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