138話 鍋

 白菜を口に入れて噛みしめると、噛んだ瞬間に白菜に染み込んだ出汁がじゅわっと溢れて出てきた。その歯ごたえと出汁の味が懐かしい。なんともほっとする味だ。


 俺が食べたのを見て、マリナも白菜を取り分けパクっと口に入れる。しばらくもぐもぐと食べた後、驚いたように目を丸くした。


「うまっ……! あたし白菜の硬いのが苦手なんだけど、コレ、いいカンジに柔らかいじゃん。それにスープの味も美味しいし、これならいくらでも食べられそー」


『ふおおおお! イズミ、ワシ、ワシにも早う!』


 俺の太ももにカリカリと爪を立てながらヤクモからメッセージが届く。すまん、忘れてた。


 俺はヤクモ用の大きめの取皿にひと通りの具材を入れて、床に置いてやった。さっそくヤクモががっつくように食べ始める。


『はふはふっ! このウンドはカップウンドのやつよりもツルツルっとして噛みごたえもいいのう! うまいうまい!』


 どうやらヤクモはうどんが一番のお気に入りのようだ。麺類そんなに好きかコイツ。


 それを見ながら俺はしいたけにしか見えないカタンプ茸を口に入れる。……うん、日本のしいたけとほぼ同じ味だ。少し歯ごたえが足りないくらいか? だが鍋シーズンが到来する前に異世界転移したせいか、妙な懐かしさを感じた。


 しみじみと懐かしの日本の味に浸っていると、マリナの声が聞こえた。


「ねーイズミン、この肉って魔物肉? めちゃうまいんですけど」


「ああ、クロールバードって魔物だよ」


 俺が肯定すると、マリナが何かを思い出すように目を細める。


「そっかー。家じゃ魔物肉の料理は作んないし、久々に食べたわ。そういやナッシュにーもたまに魔物肉持ってきてくれて、ごちそうしてくれたなー」


「ナッシュ兄?」


「そっそ、知ってる? 間欠泉のナッシュ。あたしがまだ小さい頃だけど、そのナッシュ兄も駆け出しの頃はここに泊まってたんよ。そういやナッシュ兄もこの部屋だったっけ」


 部屋を見回しながらマリナが答える。


「へえ、ナッシュさんがねえ」


「あっ、もしかしてイズミン、ナッシュ兄と知り合いなん?」


「というか村からこの町まで一緒に来たしな」


「マジ? 世間ってせっま!」


 マリナが驚いたように口を大きく開けた。マジで世間て狭いな。


「ねーイズミン。あたし最近はぜんぜん会ってないんだけどさ、ナッシュ兄って今でもアレサさんと付き合ってんの?」


「ん? ああ、付き合ってるぞ」


 するとマリナがうっとりとしたような目をしながら呟く。


「そっかー。いいよねー、アレサさん……。マジ憧れる。大人の女ってカンジで」


 まあ大人の女ではある、いろんな意味で。口は災いの元なのは思い知ったので何も言わないけどな。


 そうして話の途切れたところで、俺は魔物肉をつまんで食べてみた。


 ……うお、魔物肉うまいな! 鶏鍋なんか飽きるほど食ってきたけど、それとはぜんぜん違う。


 食感は鶏肉よりも柔らかく、出汁の味とは別に、肉の本来の旨味が噛めば噛むほどじんわりと染み出してくる。さっきまでは鍋に懐かしさを感じていたけど、これだけは別格だ。



 そこから俺はひたすら魔物肉を食ったり、ヤクモの皿にうどんのお代わりを入れたりと忙しくしていたのだが、ふと重要な案件に気が付いた。――俺、酒飲むの忘れてるじゃん。


 俺は慌ててストレージの中を探り、事前にツクモガミで購入していた日本酒の大吟醸を取り出した。鍋にはやっぱり日本酒だよな。ちなみに凝ったラベルが貼られていたが、それは先に剥がしておいた。


 この日本酒の値段は2000Gほど。昇級祝いなんだしもっと高い日本酒でも……なんて思ったりもしたのだが、日本酒を選んでいる最中、俺が買ったことのあるお高い日本酒を見てみると、俺が買った値段の二倍ほどの値段が設定されていた。


 それからいくつか知っている銘柄を検索してまわったところ、どれも高いのなんの。どうやら高級な日本酒は転売のターゲットにされているようだった。


 ゴールドに余裕があれば転売も気にならないかもしれないが、今はそんなに余裕もないからな。安めの日本酒で我慢することにしたのだ。


 俺は瓶からコップに日本酒を注いだ。するとマリナが物珍しそうに顔を近づけてきた。


「イズミンそれ何? なんか変わった瓶に入ってるけど」


「酒だよ。マリナも飲むか?」


 同い歳なら飲めるだろう。というか一人で飲もうだなんて悪いことをしたな――なんて思っていると、マリナはうえっと顔をしかめた。


「えー、飲まないって。イズミンみたいなスケベな男の前で酔っ払ったりしたら、何されるかわからないからねー」


 んべっと舌を出すマリナ。ずいぶんと仲良くはなったが、どうやらこっち方面の信頼はもはやゼロらしい。


 などと悟りそうになったところで、マリナが笑いながら俺の肩をバシバシと叩いた。


「ウソウソ、冗談。イズミンはエロいけど、そんなのやんないことくらいはもーわかってるって。あたし普通にお酒が苦手なんだよねー」


 おう、マジか。どうやら俺はマリナの信頼を取り戻せていたらしい。でも俺ってエロを隠さないだけで、実際のところはアレサやナッシュの方がドスケベだと思うんだけどな……。まあその辺は十八歳にはまだわかるまい。


 俺はどこかホッとしたような気分に浸りながら、日本酒を喉に流し込んだのだった。

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