117話 ヤクモ大活躍

 俺とナッシュと、ナッシュに引きずられたドルフはキャンプ場所へと戻ってきた。すぐに心配そうな顔の女性陣とヤクモが俺たちのもとへと駆けつける。


「ナッシュ、イズミ君! ……よかった、捕まえてきたのね!」


「むうっ、さすがなのだ! きっとやり遂げると思っていたのだよ!」


「おっと、待ってくれ。詳しい話はコイツを牢屋に戻してからな」


 ナッシュがアレサの頭をポンと撫で、ドルフを馬車の方へと引きずっていく。それに寄り添うようにアレサが続いた。


『イズミ! どうじゃった!?』


 妙に上機嫌に尻尾を振りながら、ヤクモが俺を見上げる。


『まあご覧のとおりうまく収まったよ。ついでにたくさん魔物も狩れたし、結果的には得しかしてないな』


『そうか、よくやったではないか! ワシの方もな、見事に護衛の任務をやり遂げたぞい! ワシの活躍を聞きたいか? どうじゃ? ん? んー?』


『お、おう……』


 何かトラブルでもあったのか? 俺は続きを言いたくて仕方なさそうなヤクモに相槌を打つ。


『実はな、お前が出ていってからしばらくして、ワシが周辺を警戒しているとな……。遠巻きにこちらに近づこうとしている魔物を発見したのじゃ!』


『魔物だって? おいおい、大丈夫だったのかよ』


『うむ! そこでワシがその魔物に向かってな、力いっぱい吠えて威嚇してやったのよ。するとな、それに魔物がビビッて一目散に逃げだしよったのじゃ! ワシの迫力も捨てたもんではないのう! ワーハッハッハ!』


『そ、そうか。それはご苦労さんだったな』


 それで妙に機嫌がいいのか。しかしヤクモの猫みたいな鳴き声で逃げる魔物とか存在したんだな……。


『ふう、いい仕事をした後は気分がいいのう! それではワシは一足先に寝るからの! おやすみなのじゃ!』


 そう言い残し、ヤクモはたったかとテントに向かって駆けて行った。できれば威嚇よりもツクモガミで連絡して欲しかったが、こちらも手一杯だったからなあ。ヤクモの好判断だったと言わざるを得ない。


 そんなヤクモの後ろ姿を眺めていると、ルーニーがどこか心配そうに小声で話しかけてきた。


「イズミ君、君の従魔のヤクモのことなんだが……」


「え? ヤクモがどうかしましたか?」


「ああ、君たちがいない間の出来事なんだがね……。風で枯れ草の塊が近くに転がってきたんだが、それを見たヤクモが酷く怯えたように吠えていたんだよ。もしかすると何か枯れ草にまつわるトラウマを抱えているのかもしれない」


「枯れ草、ですか……」


 ルーニーは真剣な顔で頷くと、表情を和らげながら俺の肩をポンと叩く。


「君がすでに知っているならいいのだが、念のために報告しておくよ。良好な関係を築くためにも、従魔のストレスを把握することは重要だからね」


「そ、そうですね……。まあ、たぶん大丈夫だと思います……」


 俺はなんとも言えない気分を抱えながら、ルーニーに答えたのだった。



 ◇◇◇



 それからドルフを牢屋に戻し、俺たちは焚き火を囲みながら話し合った。今、俺たちの目の前にはロックウルフルーラーの死体が置かれている。


「とまあ、コイツをイズミが一撃でほふってくれたわけだ」


 ナッシュが疲れたような声色で話すと、アレサが俺の顔をまじまじと見つめる。


「B級を一撃……。イズミ君、あなたって本当にすごいのね……」


「むうっ、私としてはどんな技だったか根掘り葉掘り聞きたいところだね」


 眼鏡をクイッと上げて俺を見つめたルーニーに、アレサが声をかける。


「ダメよ、ルーニー。あなただって自分の秘薬のレシピをおいそれとは公開しないでしょ? 私たちは彼に助けてもらった、それだけでいいじゃない」


「むむうっ、もちろんわかっているのだ。好奇心ゆえ、少しだけ思っただけなのだよ」


 心外だと言わんばかりに口を尖らせるルーニー。それを見てアレサが肩をすくめた。


「それにしても……イズミ君、本当にありがとね。町に着いたらなにかお礼をしないといけないわね」


「イズミ君、私からも感謝を! 今度こそ私からなにか薬をプレゼントさせてくれ!」


「いや、ルーニーさんからのお礼は結構です」


「むうっ……! 君は未だに私の薬師の腕をこれっぽっちも信用してくれていないな!」


 両手をぶんぶんと上下に振って憤慨しているルーニーを見ながら、思い出したようにナッシュが口を開く。


「ああ、そうだ。ルーニー、ドルフのヤツを殺す以外で口封じをしたいのだけど、何かいい薬はないか?」


「ふむ……。そうだね、そういうことならひとついい薬があるとも! 君たちの懸念けねんを解消しつつ、私の実験の役にも立つものだ! よし、それじゃあさっそくやってみよう! それを見てイズミ君も私の薬の素晴らしさに素直に感服するといい!」


 ルーニーは立ち上がり馬車に近づくと、鉄柵越しに未だ気絶しているドルフの顔をがっしり掴んでこちらに寄せた。


 そして鞄をごそごそとして、黄銅色をした針のない注射器――いわゆるシリンジを取り出すと、それをドルフの鼻にぶっ刺して、一気に中の薬剤を注入した。


 するとすぐにドルフの体がビクンビクンと痙攣し、口からはぶくぶくと泡が吐き出される。おい、これヤバすぎない?


 そしてしばらくドルフの顔を観察し、納得したように頷くとルーニーが振り返った。顔にはニンマリとした笑みを浮かべている。


「ふふふ、これを注入するとだねえ、今からさかのぼって二日三日ほどの記憶をきれいさっぱり忘れてしまうのだ。今回の件にこれほど都合のいい薬もないだろう?」


「そ、それって大丈夫なのか?」


 記憶を飛ばす薬と聞いて、さすがにナッシュも困惑気味に尋ねる。


「これまでは動物実験しかしていないが、きっと大丈夫なのだ! 明日の朝には効果も出てくるだろう。さあ、明日を楽しみにしつつ今夜はもう寝てしまおう!」


 そうしてウキウキ顔のルーニーに急かされ、俺たちはいろいろあった激動の深夜を終え、ようやく眠ることになったのだった。


 ちなみにヤクモはテントの中で、仕事をやり遂げたような満足げな表情を浮かべながら寝ていたよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る