118話 お薬の効果

 そして翌日の早朝。俺たちが焚き火の場所に集まり朝の挨拶を交わしている最中、いきなり馬車の方から男のわめき声が聞こえた。


「はああ!? なんだこりゃあ!?」


 どうやら牢屋の中のドルフが目覚めたらしい。全身を縛られているドルフはイモムシのように体をぐねぐねと動かし、俺たちを見つけるや否や大声で怒鳴りつける。


「おいっ! これはどういうことなんだ!」


 ドルフが起きた際には、ルーニーが説明をして消した記憶をごまかすと聞いている。ルーニーは大仰に手を広げて見せると、ゆっくりと教え込ませるように語りかけた。


「やあドルフ、意識が戻ったようだね。どうやらお薬が合わなかったらしく、あなたは長い間昏睡していたんだよ。まあ、今日中にはライデルの町に着くので――」


「は? なにを言ってやがる! なんで俺が体を縛られて牢屋に入ってるんだ!? それを説明しろオラァッ!」


「えっ?」


 たらりとルーニーの額から汗がこぼれ落ちる。ルーニーは早口気味にドルフに問いかけた。


「護衛の君が私を襲おうとしたじゃないか。それで捕まった君は護送中。そうだろう?」


「なんでその計画がバレて――い、いや、そうじゃない。俺たちは今レクタ村に向かってる最中……だったよな……? おいっ、そうだろ! ルーニーさんよ!」


「お、おい、ルーニー。これは……」


 顔をこわばらせたナッシュの呟きに、ルーニーが視線をそらしながら小声でぼそぼそと答える。


「どうやら記憶を飛ばしすぎたようなのだ……。ここ数週間の記憶がスッポリと無くなっていそうだね……あはははは……」


 えっ、それってつまり、ルーニーを襲う前の記憶まで巻き戻ってるってこと? どうするんだコレ。


 ドルフはルーニーに舌打ちすると、次はナッシュに向かって必死な声を上げた。


「そこにいるのは間欠泉のナッシュだろう!? 頼む! 俺を助けてくれ! 俺はきっとこの女に毒を盛られたんだ! この女、道中でも薬と毒の話しかしねーやべえヤツなんだよ!」


 やっぱり道中は薬の話ばかりしてたらしい。ドルフの言葉にナッシュが腰に手をあてながら答える。


「なあドルフ、どんな依頼者でも、依頼を受けたならしっかりとこなすのが冒険者ってものだろ?」


「頭はともかく体だけはいいんだからよ、駄賃ついでに俺が頂いてもいいじゃねえか! ……いや、俺は何もやってない……よな? やってない……はず……。とっ、とにかく俺を助けろ!」


「やれやれ……語るに落ちるとはこのことだな。どうやら記憶が曖昧みたいだが……。まあこれなら後で正気に戻ったところで発言内容が信用されるとは思えないし、問題なさそうだな」


 やれやれと言った風に頭をかくナッシュと、それに頷くアレサ。何度も痛感したことだが、この世界って悪人に人権がないよなあ。俺、絶対この世界で犯罪に手を染めないようにしようっと。


 俺が決意を改めていると、ナッシュがため息をつきながら話しかけてきた。


「なあイズミ、悪いがアイツを黙らせてくれないか? どうやらお前が一番得意そうだからな」


「えぇ……。まあいいですけど」


 すっかりドルフの電源スイッチ係となった俺は、バットを手に持ち馬車に歩み寄る。


「お、なんだガキ? どっかで見たような、いけすかねえ顔をしやがって! ……って、その棒で俺をどうするつもりだ? おっ、おい、よせ! ぐわー!」



 その後、スイッチをオフにさせたドルフにルーニーが再び鎮静薬を飲ませ、馬車はランデルの町に向かって進みだした。


 俺と一緒に牢屋の中で揺られながら、ヤクモがボソっと語った。


『イズミ、あの女から薬を貰うのだけは絶対に止めておくんじゃぞ?』


『ああ、言われるまでもないよ』


 俺たちは疲れたように同時に息を吐き、ガタガタと揺れる馬車の中から青い空を見上げた。



 ◇◇◇



 俺がヒマ潰しに昏睡したドルフを見つめつつ、鞄に手を突っ込んでひたすらアクアで水を作っていると、ふいにナッシュが声をかけてきた。


「イズミ、そろそろ見えてきたぞ」


「本当ですか?」


 俺は作業を取りやめ、鉄柵越しに馬車の進行方向をまっすぐ見据えた。


「おお……」


 はるか前方に広がるのは高い壁。聞いてはいたけど、本当に柵じゃなくて壁で町を囲っているようだ。そして馬車の進行方向の先には大きな門があり、いくつかの馬車が町に入るための順番待ちをしている。


 ――これがライデルの町か。


 それから馬車は進み、ナッシュは最後尾の馬車の後ろにつくと、ゆっくりと手綱を引いて馬車を停めた。


 しばらくすると俺たちの後ろにも馬車がつき、そのままのろのろと前に進みながら自分たちの順番が来るのを待つ。


「ひそひそ……」「ざわざわ……」


 ……なんだか後ろで並んでいる馬車の方々が、ぶしつけに俺を見ながら小声で何かを話しているようなのだが……。


「っと、すまないな。そろそろここから出ておかないとな」


 ナッシュが慌てたように声をかけてきた。ああ、そうか、俺も罪人だと思われてるのか。もう牢屋生活も長かったので、すっかり忘れていたよ。


 俺とヤクモはナッシュに牢屋から出してもらい、地面に降り立つ。そして両手を上にあげてぐっと腰を伸ばす。うーん、牢屋の外は若干空気が澄んでいる気がするね。


 前を見ると、いつの間にかずいぶん門に近づいていたらしい。もうすぐ俺たちの番だ。


 こうして俺とヤクモは旅の目的地、ライデルの町にようやく到着したのだった。

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