106話 模擬戦
特に何事もなく、旅二日目の夕方を迎えた。代わり映えのしない平原でナッシュは馬車を停め、俺たちは焚き火の準備を始める。
焚き火というものは地面に穴を掘り、穴の中で薪を組み合わせた方がよく燃えるらしい。
それで昨日はナッシュがちょうどいい窪みを見つけ、そこで焚き火をしたんだが、今日はそれが見つからなかった。
それじゃあ穴を掘るかというところで、ヤクモが「ウニャン」とひと鳴きして立候補。その前足を使い穴を掘ることになった。
ナッシュは人語を解する従魔ヤクモの頭の良さに感心し、ルーニーとアレサはガリガリと一生懸命に穴を掘る愛らしいペットヤクモを微笑ましそうに見つめる。
彼らが見守る中、ひと仕事を終えて泥だらけになったヤクモはそれはそれは誇らしく清々しい顔をしていたよ。
そうして焚き火の準備を終え、俺は空を見上げた。
昨日に比べると空に赤色が少なく、まだ夕食には早い時刻のように思える。そこでナッシュが俺に声をかけてきた。
「イズミ、昨日はすまなかったな。まあ……その、ちょっとヤボ用でな。それで今日はもちろん見張りを一緒にやってもらおうと思っているんだが、その前に少し俺の鍛錬に付き合ってもらえないか?」
「鍛錬ですか?」
「ああ。ライデルの町から村への道中……それから折り返してここまで、ほとんど何事もなかったものでね。もうかれこれ十日近くまともに剣を振るっていないんだよ」
ナッシュは肩を触りながら右腕をぐるぐる回すと言葉を続ける。
「このままじゃ勘が鈍ってしまいそうでな……実戦感覚を取り戻したいんだ。それで俺と模擬戦をしてほしいんだが……どうだ、やってくれないか? もちろん手加減はしてやるからさ」
そう言ってナッシュは魔道鞄から木剣を取り出す。するとヤクモが前足の泥を払いながらメッセージを届けてきた。
『イズミ、町指折りの冒険者のレベルを知るいい機会じゃぞ』
『そうだよな。まあ木剣なら大丈夫か……』
手加減してくれるっていうし、死ななきゃヒールでなんとかなるだろ。それに俺も自分が冒険者から見て、どのあたりのレベルなのかを知ってみたいしな。
「そういうことならやります。得意なのは弓なんですけど……この場合はこっちですよね」
俺は鞄から木製バットを取り出すと、ナッシュがそれを見て興味深げに目を細めた。
「棒術を使うとは聞いていたが、それを使っているのか? へえ……棍棒ほど短くもなく、振り切るにはいい長さだ。まさに獲物を叩きつけるために作られたような棒だな。いい武器じゃないか」
ニヤリと笑みを浮かべてバットを褒めるナッシュ。でもコレ、球をフルスイングするために作られた物なんだけどな……。
「それじゃあ始めるか。アレサ、ルーニー、ちょっと離れてくれよ」
ナッシュが二人に声をかけると、二人とヤクモが俺たちから少し距離を取った。
「イズミ君、思いっきりやっちゃっていいのよ?」
「イズミ君、がんばるのだ!」
「やれやれ、俺への声援はないのかね」
ナッシュが苦笑をしながら木剣を構える。
「よし、そっちからかかってこい。……全力でな」
そういうことなら、胸を借りるつもりでガッと行くか、ガッと。俺はバットを構えると、まっすぐナッシュを見据える。
だが、さすがというべきか、ドルフと違ってどこにも隙は見当たらない。とはいえ、お見合いしていても仕方ない。……よし、ここはいっちょ打ち込んでみるか!
俺はバットを上段に構えながら突っ込むと、そのまままっすぐ振り下ろした。
――だがこんな攻撃は当たるわけもなく、ナッシュは横にステップしてバットを軽く避ける。しかしナッシュは仕掛けてこない。それなら俺が追撃するのみだ。
しかし三度四度とバットを振るっても、ナッシュは後ろに避け、しゃがんで避けと、まったく攻撃が当たらない。
うーん、さすがだな――と感心したところで、一気に俺に接近したナッシュが木剣を横に薙ぎ払ってきた。避けきれない!
――それをバットで受け止める。ゴッ! と木と木がぶつかる音が響き、一瞬手がしびれた。ナッシュの打ち込む力が強い。しかし俺は木剣を上に跳ね上げ、今度はこちらが踏み込んでバットを上段から斜めに振り下ろす。
「うはっ、危ねえっ! やるじゃないか」
だがそれもすんでのところでナッシュに
俺から距離を取ったナッシュはトントンと小刻みに跳ねながら、ハンサムな微笑を浮かべる。
「ふう、体が温まってきた。……今度はこちらからいくぞっ!」
ナッシュが突っ込み、木剣を俺に向かって振り下ろす。俺はバットを構え、それを防ごうと――そこで木剣は吸い付くようにビタッと止まった。
グッと腰を落としたナッシュはバットをかいくぐり、下段から上に向かって切り上げる。
狙いは俺の胴――俺は素早く手首を返し、バットを木刀に向けて打ちつけた。再び木と木がぶつかり、鈍い音が鳴り響く。
そこからナッシュは縦に横にと剣を振るい、それを俺がバットで受け止め続ける。
連打にはさほど力は入っていないが、振りが早くて防ぐだけで精一杯だ。俺が下がる分だけ近づくナッシュから距離が取れない。ナッシュがニヤリと笑う。
「それじゃあ……これはどうだ?」
ナッシュは木剣から左手を離すと、俺に向けて指をパチンと鳴らした。は? なんでここで指パッチン?
――そこで俺の【危険感知】が反応した。なにか来るっ!
俺は膝を地面に着かんばかりにしゃがみ込む――その俺の頭上を水しぶきがかすめて飛んでいった。
「なっ!? これを躱すのかよっ!」
驚きの表情を浮かべながらも、そのまま俺の肩めがけて木剣を打ち込もうとするナッシュ。だが本来なら今ので隙を作るつもりだったのだろう、胴がガラ空きだ。
俺は膝のバネを生かして飛び跳ねるように前へ踏み込むと、そのままナッシュの胴に目がけてバットのフルスイングを――
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