105話 旅二日目の朝
翌朝、人が近づく気配で目が覚めた。【空間感知】が役立ってくれているようだ。さっそく体を起こして伸びをしていると、外からアレサの声が聞こえてきた。
「遠目で見たときは変な形だと思ったけど……すごく立派な天幕ね……」
「本当だな。結構豊かな村だったし、もしかしてアイツはお金持ちのお坊ちゃんなのかね」
「ルーニーは教会に居候している子だって言ってたけど」
「ふーん。……まっ、出自なんてどうでもいいことだったな。冒険者になれば、信じられるのは自分の力だけだ。この腕いっぽんで生き抜いていかないとな」
「そうね。いい子みたいだし、貴方のようなたくましい男になってほしいって思うわ……」
「アレサ……」
「ナッシュ……」
クッソ、またイチャついてやがる。俺はすばやく入り口のファスナーを開けると、そこからにょきっと顔を出した。
「おはようございます」
俺の視界には、思いっきり抱き合ってキス寸前の二人の姿が映った。
「うおっ! 起きてたのか!」
「~~!!」
素早く離れる二人。ちょっとだけ胸がスカッとしたぜ。
「えっと、イズミ君、さっきの会話聞いてて……」
アレサがわたわたと髪をいじりながら尋ねる。
「はい。二人とも仲が良くてなによりですね」
俺がにっこり笑顔で答えると、開き直ったのか、ナッシュがアレサの肩をぐいっと引き寄せた。
「ああ。どうだ、うらやましいだろ? 高ランクの冒険者がギルド職員と付き合うのはよくあることだからな。高給で雇われるギルド職員の女性には綺麗どころが多い。お前も昇級していけばきっと美人と付き合えるぞ! その中でもアレサが一番だけどな!」
「もうっ、ナッシュったら……」
アレサも今回は拒むこともなく、頬を染めながらうっとりとナッシュを見つめている。はあ、爆発しないかな。
「オホンオホン! それじゃあ今から片付けますんで」
「おっ、おう」
俺の咳払いでようやく離れた二人を尻目に、まだ寝ていたヤクモをテントの外に追い出すと、テントを固定しているペグを抜いてストレージに収納していく。
その間、バカップルは興味深げに俺の作業を見守っていたのだが、見られているとなんともやりにくい。魔道鞄に入れるような仕草をしながら、ダミーの鞄の中にテントをしまわないといけないからだ。本来なら手に持って念じるだけでパッと消える。
いっそ収納魔法の使い手とか言ったほうが良い気がしてきた。そもそも魔道鞄は鞄に収納魔法を定着させた魔道具らしいし、収納魔法の使い手は存在するのだ。
もともとぐーたらサラリーマンの俺だ。変に注目は浴びたくないが、手が抜けるところは抜いていきたい。その辺のバランスも考えていかないとな……。
そのためにも俺はこれから町でいろいろな経験を積んで、世間を知るべきなのだろう。
旅に出てからと言うもの、俺はずいぶんと親父さんやクリシアには甘えて気を抜いていたことを実感する。まだ村を発って一日なのに、なんだか村が恋しくなってきたぞ……。
――そんなことを考えながらも片付けが終わり、俺は最後まで作業を見学していた二人に声をかける。
「ところで、ルーニーさんは?」
「さっき起こしたから、もう少ししたら目も覚めると思うわ。あの子、朝が弱くて時間がかかるの」
アレサが肩をすくめながら答えると、ナッシュが馬車の方に歩きながら俺に顔を向けた。
「さてと、それじゃあそろそろ馬車に乗るか。朝食は移動しながらな。イズミは朝食は食うのか? 冒険者は身体が資本だ。朝に食べる習慣がないのなら、これからはしっかり食べたほうがいい。用意していないなら俺の分を出してやろう」
「大丈夫です。持ってきてます」
昨日のラーメンが効いたのか、朝食を出してくれるらしい。まあ自分の分があるのでいらないけど、気を使ってくれるのは嬉しいもんだね。
馬車に向かって歩いていると、隣を歩くヤクモからメッセージが届いた。
『イズミー。朝は何を食うんじゃ?』
『正直、朝っぱらから胸焼けするようなものを見たから、あまり食欲はないんだよな……』
『なにっ! 朝食抜きは困るぞ! 朝はしっかり食べないと脳に栄養が行き届かぬのじゃ!』
『はいはい、準備しますよ』
馬車に近づくと、ルーニーはすでに御者台に座りこみ、半分眠っているように半目で口を開けてぼけーっとしていた。そんなルーニーを再びアレサが起こしながら、俺たちは馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
朝食のためにツクモガミでリンゴを購入した。農家から出品されたと思われる、形が悪かったりちょっと傷が付いているらしい訳ありリンゴが5キロ2380Gで売られていたのだ。
訳ありとはいえ味は変わらないだろうし、リンゴは腹を満たしながら水分も取れる。軽めの朝食には丁度いい。
俺はナイフでリンゴをくし切りにして、ヤクモの皿に置いてやった。【料理】スキルのお陰か、揺れる馬車の上でもサクサクと切れる。
『ほう、リンゴか。リンゴはこちらの世界にもあるぞい。だが味はどうなんじゃろうな』
ヤクモは期待を目に宿すと、皿の上のリンゴにかぶりついた。
『うおー! めっちゃ甘いのじゃ! 糖分が寝起きの脳みそに染み渡るようじゃー!』
はぐはぐと一心不乱にリンゴを食べるヤクモ。さすが青森県産のリンゴは格が違ったようだ。
結構な量もあるし、朝食はしばらくリンゴでよさそうだな。俺もさっそくリンゴをゴシゴシと布で拭い、丸ごとをかじってみた。
歯ごたえのいいシャクっとした食感と、リンゴ特有の甘さや酸味が口の中に広がる。ヤクモのように騒ぐほどではないけれどウマイな。
ちなみにヤクモが言ったとおりリンゴはこちらの世界にもあるようなので、御者席の三人も特に珍しがることもなく、自分たちで用意した黒パンとベーコンを食べていた。
そして今朝も牢屋のドルフは、ルーニーに与えられた黄色い液体をずるずるとすすりながら飲んでいたのだった。
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