104話 深夜の語らい

 俺の身体に何かが入って――


「あっば! あばばばばっばばばばばば!!!!」


 あばばばばばば! たしかにヒールの時よりはマシかもしれないが、痛いのには変わりないんあばばばばばばば!


 俺はテントの中をごろごろと転がりながら、身体の中を吹き荒れる嵐が去るのをひたすら耐える。耐える、耐える耐えるあばばばばばば!


 そして数十秒が経過し、俺の中の荒れ狂っていたエネルギーの嵐がようやく過ぎ去った。俺は大きく息を吐きながら、頬をべったりと床に預ける。ひんやりしていて気持ちがいい。


「はあはあ……。習得、したぞ……」


「うむっ! よくやったのじゃ! このスキルがレベルアップしたのは大きいぞ?」


「まあMP切れが起こりにくくなるのはいいけどな……」


「それだけではないのであーる。今はまだ使えるスキルが少ないから実感はできんじゃろうが、いずれ恩恵が理解できるようになるじゃろ。使い道が決まっているスキルも良いものじゃが、ワシはこういう足場をしっかり固めるタイプのスキルが好みじゃのー」


 俺のレベルアップに満足したのか、やたら上機嫌に尻尾を振りながらヤクモが言う。歴史SLGとかやらせたら、戦争しないでずっと内政してるタイプだなコイツ。


 だが、いまはそんなことより――


「俺、このまま寝るからな……おやすみ」


 最後の気力を振り絞りランタンの明かりを落とすと、俺はそのまま意識を失うように眠りについた。



 ◇◇◇



 ――ふと、尿意を感じて目が覚めた。スキルを覚えて疲れ果て、用を足すことなく寝たからだろうな。


 テントの中は真っ暗だが、【夜目】で狐のヤクモが丸まりながらテントの隅っこで寝ているのが見える。獣姿だと足を伸ばせるって言ってたのに、なんで隅で丸まってるんだコイツ。


 まあいい、そんなことよりトイレトイレっと。わざわざ入り口のファスナーを開けるのも面倒くさいので、俺は久々に【壁抜け】を使って外に出た。


 今が何時なのかは知らないが、テントに入る前に比べてずいぶんと外気はひんやりとしている。俺がスキルを覚えてから、少しは時間が経っているようだ。


 そうして用を足し終えテントに戻る途中、月明かりの中で炎を揺らめかせている焚き火が目に映った。――あれ?


 焚き火は今もなお燃えているというのに、焚き火の傍には毛布にくるまったルーニーしかいない。ナッシュとアレサはどこだ? もしかしてなにか事件でも起きたのか?


 俺は【夜目】と【遠目】を駆使してさらに周辺を窺う。すると、焚き火のさらに向こうにある岩陰に寄り添っている二人の人影が見えた。


 んん? これってもしかして……。俺は【聴覚強化】で音を拾ってみることにした。


 パチパチと鳴る焚き火の音、ルーニーの寝息、さらにその向こう――この辺り一帯が静かだからか、遠い二人の声も俺の耳までなんとか届いた。


「――公私混同はしないんじゃなかったのか?」


 ナッシュの声だ。その後、昼に聞いたのとは違う、艶やかで耳をくすぐるようなアレサの声も聞こえた。


「深夜にギルドは営業していないもの。今の私はただのアレサよ……。ああ、でもあなたは護衛中なのよね? ふふっ……」


「そういうなよ。ちゃんと見張りはしているからさ……。そんなことより、そろそろ……なぁ、いいだろ……?」


「ふふ、そうね。あなたをじらしていたら、私も我慢できなくなってきちゃった……」


「アレサ……」


「ナッシュ……」


 ――おーう……。ナッシュが俺の見張りを断った理由はコレか。アレサの方からなんらかのアイコンタクトでもあったんだろうな。


 人影が絡み合っていく様子を眺めながら【聴覚強化】を中断すると、俺はがくりとその場にひざまずいた。【床上手】持ちの美人お姉さんだぞ。全力でナッシュがうらやましい。


 ……そういえば、町に行けば今度こそ娼館があるのだろうか。ナッシュに聞けばすぐわかるだろうが、なんだか彼女持ちに聞くのはしゃくにさわるよな。……まあ町に着いてから調べるか。


「はあ……寝よ寝よ」


 俺は膝の土を払いながら立ち上がると、どんよりとした気分を抱えたままテントを目指して歩き始めた。

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