107話 指パッチン
「そこまでよ!」
パンッとアレサが手を叩き、乾いた音が周囲に響く。
俺はバットをナッシュの腹の寸前で止め、いつの間にか俺の顔面に合わせられていたナッシュの右足もピタリと止まった。こっわ、こんなのカウンターで食らったら絶対気絶するやつですやん。
「熱くなりすぎ。このままじゃどっちかが大怪我しちゃうわよ」
「はは、そうだな」
ナッシュが申し訳無さそうに眉を下げると、俺は大きく息を吐き出した。
「はあ~……。ありがとうございます。すごく勉強になりました」
俺は膝の力を抜き、そのままぺたりと地面に座りこんだ。額から汗がどっと吹き出る。はあ、プレッシャーがすごかった。やっぱり接近戦で打ち合うのって怖いわ。できることならやりたくない。
疲労困憊の俺とは対照的に、ナッシュは木刀をしまいながら笑顔で答える。
「いやいや、俺の方こそいい鍛錬になったよ。体術まで使うつもりはなかったんだが、お前がかなりやるものだから思わず出してしまったよ。これでも得意なのは弓だっていうんだろ?」
「そうですね、弓の方が得意だと思います」
弓は【弓術】スキルの他にも【遠目】と【聴覚強化】、今はさらに【空間感知】なんかが複合的に影響し合って命中精度が格段に上がってきているし、近づかれる前に当てればいいからプレッシャーも少ない。なによりイーグルショットがあるからな……。
「それより最後に出したアレ、なんですか?」
「ああ、コレのことか」
ナッシュが指をパチンと鳴らすと、指の隙間からビューッと結構な勢いで水が吹き出た。
「俺の魔法【アクア】だよ。指を鳴らさなきゃ使えないんだが、さっきのような不意打ちにはけっこう使える」
「水を出す魔法なんですか?」
「そうだよ。手、出してみな」
俺は立ち上がると、言われたとおりに手を出した。すると指を鳴らしたナッシュの指の隙間から蛇口をほどよく捻ったくらいの水が出てきた。
「ぬるいですね……」
「意識しなければ体温と同じぐらいの温度だな。だが――」
おや? なんだか少しずつ熱くなってきたような……? って熱っち! 熱つ熱つあっつうー!
思わず手を引っ込めた俺を見て、ナッシュが白い歯を見せて笑う。
「ははっ、悪い悪い。ご覧の通り、熱くもできるし、逆に冷たくもできる。ほら」
今度は冷やした水を出してくれたので、それで手を冷やす。すごいな……キンキンに冷えてやがるっ……!
「へえー。便利ですねえ」
「だろう? 魔力は消費するが飲み水にもなるし、さっきのように戦闘中の嫌がらせにも使える。お前に撃ったのは水だが、熱湯を目にかけてやればかなり有利に立ち回れるからな」
「ナッシュは『間欠泉のナッシュ』って二つ名で呼ばれているのよ」
アレサがそう付け加えた。正直ちょっとダサい二つ名だな……。水鉄砲のナッシュとか言われないだけマシかもしれないけど。
本人もあまり気に入ってはいないのか、苦笑いをしながら頭をかいている。
「だがそんな俺の奥の手が、まさか初見で避けられるとはねえ……。イズミ、お前ならきっとライデルの町で名を挙げられるだろうよ」
そう言ってナッシュは俺の肩にポンと手を乗せた。
「……それと一応言っておくが、俺はまだ本気は出してないんだからな?」
肩を掴んだ手にぐっと力を入れ、ニッコリとわかりやすい作り笑いをするナッシュ。気持ちはわからんでもないので、甘んじて受け入れよう。
「あっはは……。それはわかってますって」
「よしっ! それじゃあメシにするか!」
一転さわやかに笑ったナッシュは焚き火に向かって歩いていく。
「まったくナッシュったら、大人気ないんだから……。それにしてもイズミ君は本当にすごいのね」
「私はイズミ君ならあれくらいはやれると最初からわかっていたのだ! このままいけばナッシュを超えるのも夢ではないだろうね!」
「いやあ、ナッシュさんが本気出してないのは本当なんだし、もうその辺で……」
ナッシュにヘソを曲げられてはたまらない。俺は二人が余計なことを言わないように釘を刺し、ナッシュの背中を追ったのだった。
◇◇◇
今夜の夕食も昨日と同じ、鍋で作る袋ラーメンだ。今回はあらかじめ余分に作っておいて、ナッシュたちにも分けてあげることにした。
すでに知られている物だし、気前の良いところを見せてチヤホヤされるなり、やさしくされたほうが俺も楽しいからな。
三人がラーメンの入ったお椀を手に焚き火の前に戻り、ようやく落ち着いた俺は、自分のラーメンをすすりながらツクモガミで習得スキル一覧画面を呼び出す。
身体スキルに【剣術】、精神スキルに【アクア】、特殊スキルには【回避】と【口説き上手】があった。
前の世界ではイケメンだけどモテないヤツとか、逆にイケメンじゃないけど積極的で口説き上手なモテるヤツなんかもいたけど、両方備わっているって、これはもう無敵だろ……と、それはさておき――
『最後にキックを食らいそうになったけどさ、ナッシュは体術みたいなスキルは持ってないんだな』
『人並みということじゃろう。お前が勝ちに焦って突っ込んだところを簡単に合わせられたように見えたからの』
『うぐ……。まあいい、それよりもアクアだよ、アクア』
『うむ! これはいいスキルじゃのう。これがあればストレージに熱湯がなくてもすぐにカップラーメンが作れるぞい』
今まではわざわざ鍋で水を沸かして、それをストレージに入れていた。たしかにそこは便利になるだろうが……。
『何言ってんだヤクモ。この魔法はそういうレベルじゃないだろう?』
『どういうことじゃ?』
ヤクモが首を傾げて俺を見上げる。以前、自己申告していたが、やはりヤクモは創造したり物事を柔軟に考えたりすることは苦手らしい。
『さっそく【MP回復量上昇+1】の使い道ができたじゃないか』
俺はヤクモに向かってにんまりと笑ってみせた。
――後書き――
本日は「異世界で妹天使となにかする。」も更新しました。
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