108話 アクア

 俺はナッシュのスキルから【アクア】【剣術】【回避】を覚えた。


 【剣術】はその名の通り、剣術のスキルで【回避】は避けるのが上手くなるスキルだ。ナッシュはやたら避け勘が良いとは思っていたが、それはスキルになるまで昇華されていたようだ。


 これら三つのスキルを合わせて消費したスキルポイントは55☆、残りスキルポイントは21☆。


 ナッシュのもう一つのスキル、【口説き上手】を覚えるだけのスキルポイントは残っていたし、かなり心も揺らいだのだが……俺はこのスキルは習得しなかった。


 以前、【悪心】を取ると心が悪に傾くなんてことをヤクモから聞いた。そのヤクモが言うには【口説き上手】や【床上手】なんかも似たようなものらしい。性格がエロに傾くそうだ。


 そりゃそうだ。こんなスキルを取ったら使いたくなるだろうし、それが続けばいずれは毎日女の子の尻を追いかける生活を送ることになるのも簡単に想像がつく。


 もちろん俺だっていろいろと遊びたいとは思うけど……それに振り回されるような生活はゴメンだからな。泣く泣く諦めることにしたのだ。



 そして俺は今、焚き火の傍に座りながらナッシュと一緒に見張りをしている。ルーニーやアレサは毛布に包まり寝ているようだが、ヤクモは俺の隣でウトウトしながらも起きていた。先に寝てろと言っても寝ないんだよな。


 ナッシュが焚き火に薪を投げ込みながら口を開く。


「見張りと言っても、やることはさほど多くない。とにかく焚き火を絶やさず、そして周囲を警戒する。それだけだ。簡単だろ?」


「えっ、そうですかね。ついつい寝ちゃいそうですけど……」


 そんな俺の答えに、ナッシュは面白い冗談を聞いたように笑った。


「ははっ、イズミは思ったよりも豪胆なんだな。町の外ではいつ魔物が襲ってきたっておかしくはない。見張りをしていて寝てしまえるヤツなんて、豪胆でなければ何も考えてないバカくらいのもんだからな」


「あはは……」


 俺は何も考えてないバカのほうだろうなあ……。そんなことを考えながら俺は愛想笑いを浮かべた。


 ちなみに俺は少し肌寒いということでマントを羽織っているのだが、マントに隠れた左手では【アクア】で熱湯をひたすら生産し続けていた。


 もちろん地面を水浸しにするためではない。俺が作り出した熱湯はそのまますぐにストレージに収納されているのだ。一瞬外気に触れるのでマントの中は結構蒸し暑い。


 前に一度、泉の水をストレージに収納したことがあった。あの時は50リットルまでしか入らなかったし、カップラーメンを茹でるために沸かしまくった熱湯も最大50リットルまでしか収納できなかった。


 これらはこの世界の資源を枯渇させないための制限だとヤクモが言っていた。制限が無ければ泉の水を全部抜くことも可能になるからだと。


 ――それなら俺が自ら生み出した物なら、制限はあるのだろうか? 俺はもう何度も見たストレージ画面を再びチェックする。


【アクア水】51リットル

【アクア水 熱湯】884リットル

【アクア水 冷水】152リットル


 俺の予想した通り、自分で作った水は50リットルの壁を破り、際限なくどんどん収納できている。自分が生み出した物は、この世界の資源として認識されていないのだろう。


 もちろん俺がのたうち回りながら習得した【MP回復量上昇+1】も大活躍している。


 アクアを初めて唱えた(俺は指を鳴らす必要はなかった)時、熱湯をバケツをひっくり返したくらいの水量でドバドバとストレージに流し込んでみたのだ。


 するとしばらくして頭がぼんやりとしてきたので、MPをかなりの速度で消費していることが判明した。


 それから徐々に水量をしぼり、蛇口を捻って普通に利用する程度の水量にしてみたところ、まったくMPの枯渇の症状がなくなった。つまり、この水量なら俺は延々と熱湯を生み続けられるということだろう。


 常温水、熱湯、冷水どれも使い道はいろいろとある。俺は利用法を思い浮かべてはニヤニヤと口元を緩め――そしてナッシュに怪訝な顔をされたのだった。



――後書き――


 蛇口を普通に捻った場合の水量は、一時間で700リットル前後らしいです。

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