109話 旅三日目

 俺はナッシュと焚き火を囲みながら、一晩中見張りを続けた。


 ナッシュが冒険者の体験談やライデルの町の話をいろいろと語ってくれたお陰か、俺は見張りの最中に眠くなることもなく、気がつけば平原に朝日が差し込んできていたのだった。


 日の出と共に出発だ。俺はぐっすりと寝入っていたヤクモを軽く揺すり、パチリと目を開いたヤクモに「おはよう」と声をかける。


「ウニャニャン!」

『ワシは寝ておらんからな!』


 バッと飛び起きて、鳴き声と同時にメッセージを送ってくるヤクモ。いや、完全に寝ていたし、そもそも寝ていてもなんの問題ないんだけどな。



 ◇◇◇

 


 そして三日目となる馬車の旅が始まった。皆が言うには六日目くらいにはライデルの町に到着するらしい。往復分の保存食を魔道鞄に詰め込んでいるので、道中で他の村に寄ることもなく進むそうだ。


 冒険者ギルドのメンツが関わる事案とはいえ、チンピラ一人を回収するのに経費も時間もあまりかけられない。それらを削った結果が、職員と冒険者の二人旅だ。


 二人が恋人同士ということで、冒険者ギルドから指名依頼を受けたナッシュは報酬もずいぶんと値切られたとのことだった。恋人と小旅行をして金まで貰えるなら――と考え、ナッシュは依頼を受けたそうだ。


 このように、ギルド職員と親しくなるとそれにつけこむ指名依頼なんかもあるらしい。優秀な冒険者を何人も専属で受け持つことは、ギルド職員の出世にも影響を与えるのだとか。


 職員の中には自身の営業成績を上げるために、何人もの冒険者と付き合ってるような剛の者もいるそうだ。


 そんな話を聞きながら、今日も馬車でひたすら移動を続ける。ちなみに雑談をしている間も、俺の片手は鞄の中。そこで延々とアクアで水を作り続けていたのだった。



 ――三日目の夜が訪れた。


 徹夜明けということもあり、移動中に少し仮眠も取ったのだが、あまり眠れた気がしない。ウトウトしたときに限って車輪が石や窪みに引っかかり、酷い揺れがくるんだよな。


 そんな俺とは違い、ナッシュは仮眠でスッキリした顔を見せていた。ナッシュが言うには慣れれば平気だそうだが、とりあえず見張り体験は昨日一日だけで辞退することを伝えた。


 話し相手がいなくなるからか、ナッシュは少し残念そうだったけど、俺の体力が持ちそうにないからな。ごめんよナッシュ。


 そのお詫びという意味合いも多少は入っているのだが、今夜も俺が三人に食事を振る舞うことに決めた。


 とはいえ、三日連続でラーメンはキツい。そこで今夜はストレージの中に大量に溜め込んでいるホーンラビットでバーベキューを行うことに決めた。


 ちなみに魔物肉は魔素が含まれている影響で獣肉に比べると保存がきく。俺が生肉を持ち込んでることに関して疑問を持つ者はいないようだった。


 俺がバーベキューコンロに肉を敷き詰めていると、ナッシュが生焼けのホーンラビットを一枚摘み、まじまじと見つめる。


「へえ、たしかにホーンラビットの肉だ……。これをお前が狩ったのか」


「イズミ君はそれはもう見事な弓さばきで、ホーンラビットを狩って狩って狩りまくっていたのだ!」


 なぜか俺の代わりにルーニーが自慢げに答え、それを見てアレサがくすりと微笑む。


「ホーンラビットは単体なら弱い部類の魔物だけれど、群れで行動するから討伐依頼は冒険者ランクE級以上が推奨されているわ。つまりイズミ君、あなたは少なくともE級の実力はあるってことになるわね」


「へえ、そうなんですか。なんだか嬉しいです」


 たしかにアレは群れると面倒な相手だった。でももっとやっかいなのがいたんだよな。


「それじゃあホーンラビットリーダーなら、どれくらいのランクが推奨されるんですか?」


「えっ、そ、そうね……C級と言ったところかしら。近隣で発生したのなら冒険者ギルドとしても警戒しておく必要があるのだけれど、もしかして上位種にも遭遇したの?」


「い、いや、見てないですけど」


 おっと危ない危ない。先に聞いておいてよかったな。アレを倒したことは内緒にしておいたほうがよさそうだ。


 俺の質問をただの興味本位と思ってくれたのか、アレサは気を取り直すとナッシュに話しかける。


「ふふっ、それにしても、こんな新人が出てきちゃあ、あなたもウカウカしてられないわね」


 そんなアレサの言葉に、ナッシュが白い歯をキラリと光らせた。


「ははっ、俺だってC級で終わる気はないさ。ライデルの町で十年ぶりとなるB級冒険者を目指しているからな」


「そうね、あなたならきっとなれるわ」


「アレサ……これからも俺に付いてきてくれるかい?」


「ええ、もちろんよ……」


 二人はべったりと寄り添うと、ただ見つめ合い二人だけの世界に没入していった。


 それを見て、ルーニーは二人からあたふたと距離を取り、ヤクモは呆れたように大あくび。もはや慣れてきた俺はただ肉を裏返すマシーンと化したのだった。

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