110話 アクアの使い道
突発的に開かれたバーベキューは好評のうちに幕を閉じた。
ルーニーは「ホーンラビットを狩ってるのを見た時から、ご相伴にあずかれないだろうかと思っていたのだ!」と口いっぱいに肉を頬張り、普段は食が細いアレサも次から次へと肉を口に運んでいた。
結構稼いでいるであろうC級冒険者のナッシュも、魔物を倒してギルドに売ることはあっても、それを食べるよりは売ることの方が多いらしい。今夜は腹いっぱい食べて満足していた様子だった。
ちなみに一番たくさん食べていたのはヤクモ。この世界の料理にはあまり食が進まないみたいだけれど、やはり魔物肉は別腹なのだろう。
なお、バーベキューといえば酒は付き物だと思うが、見張りのナッシュは飲めないことだし、今回は控えることにした。周囲の人間が酒を飲んでいるのに自分は飲めないというのは、酒好きからするとまさに生き地獄だからな。
……とはいえ、それはもちろんバーベキューの席での話だ。独りで楽しむ分には問題ないはずである。
バーベキューが終わり、しばらく腹ごなしの雑談をした後、就寝の挨拶を交わした俺は、腹いっぱいで動けないというヤクモを抱えながら、自分のテントへと向かった。
テントに入り、ヤクモを床に転がす。化けているのもしんどいのか、ころんと転がった拍子にヤクモは人型に戻った。
そしてテントの中央には、俺がツクモガミで買った大きめの木桶がドンと置かれている。
木桶には俺が【アクア】で作った冷水がなみなみと張られ、その中に浮かんでいる物は――
――缶ビールだ。
この世界に転移してからというもの、アルコールは赤ワインしか飲んでこなかった。
かと言って俺はワインが大好きなわけではない。ワインよりもビールの方が好きだ。
それでも生ぬるいビールなんて飲めたもんじゃないという考えが、俺にツクモガミでビールを買うことを
一時期はビールを飲みたいという思いが募り、井戸水で冷やした程度で妥協しようかと考えたこともあった。
だが聞いた話によると、村にはなかったものの魔道具には冷蔵庫のような物もあるという。いつかそれを手に入れたときに、冷えたビールで祝杯をあげるのが、俺の目標のひとつとなっていたのだ。
しかし【アクア】を習得したことで、冷えたビールが一気に現実味を帯びてきた。
アクアは氷こそ作れはしないが、凍る一歩手前の水温までなら可能。つまりビールを冷やすくらいなら、アクアでもなんとかなるのだ。
俺はバーベキューや雑談中にもこまめにテントへ足を運び、ツクモガミで買った日本で一番売れているらしい銘柄の缶ビール24本セットを、冷水を入れ替えてひたすらに冷やし続けた。
そして今、俺の目の前にあるのは――キンキンに冷えた缶ビールだ。
「よくもまあ、酒ひとつにそこまでこだわるもんじゃのー。エールみたいなもんなのじゃろ? 生ぬるくてもよいではないか」
ぽっこりと膨らんだ腹をさすりながらヤクモが呟く。
「たしかにエールとかビールを冷やさず飲む国は俺の世界にもあったけどさ、ビールは冷えたもの。これが俺のジャスティスなんだよな」
かつて海外旅行でとある国に行ったとき、店でビールを注文すると生ぬるいビールを出されて驚いたことがあった。
それがその国の文化なので文句はなかったが、やはり俺としては日本で広く浸透している冷えたビールが飲みたいのだ。
「それにしても、お前は食いしん坊のくせに、酒にはさほど興味持たないよな」
俺がなんとなく口にすると、ヤクモが心外だと言わんばかりに口を尖らせる。
「だーれが食いしん坊じゃ。……酒は飲めんことはないのじゃが、アレは仕事に差し支えるからなー。急な呼び出しがあったとき、酔っ払ってたら仕事ができんじゃろ?」
今ここで誰かに呼び出されることがあるんだろうか? そんな思いでヤクモを見つめるが、ヤクモは俺を訝しげに見つめ返すだけだ。不憫なやつ……。
まあヤクモのことはいい。それよりもビールだよ、ビール。俺はバーベキュー中にこっそり収納していた焼き肉を取り出した。
そしてあぐらをかいて床に座ると、まだアチアチの肉を箸でつまんで口に投げ込む。
その旨味を十分に味わいながら、俺は木桶から缶ビールを取り出し、軽く布で缶を拭うとプルタブを起こした。
プシッ! と心地よい音を立て、缶が開封される。それにおもむろに口を付けると一気に缶を傾けた。
麦芽の香りと喉を刺激する爽快な炭酸。それが喉を通り、一気に胃の中に落ちてくる。その感覚を堪能し、きつく目をつぶった俺は思わず声を上げた。
「く~~~~っ……うまいっ!」
異世界に転移しての初ビール。めちゃくちゃウマイ……!
「なんじゃそんなにうまいのか? ワシはオレンジジュースの方がうまいと思うがのー」
呆れたように俺をじっとり見つめるヤクモ。そんなに言うなら一度飲んでみろと言いたいところだが、オレンジジュースの方がいいというヤツに飲ませるのは惜しい。
俺はヤクモにオレンジジュースを一本渡してやると、後はひたすら焼き肉を食べてはビールを飲み続けた。こうして俺はこの旅で一番とも言える、至福の一時を過ごしたのだった。
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