111話 深夜の事件

 久しぶりのビールに酔いしれた次の日。この日は俺の心のように晴れやかで何事もなく過ぎていった。


 しかしレクタ村を出発して五日目、翌日の昼頃にはライデルの町に到着する――そんな日の深夜に事件が起きてしまった。


 テントの中で眠っていた俺は、【空間感知】で近づいてくる気配を感じて目を覚ました。直後にテントをバシバシと何度も叩く音とアレサの声が聞こえる。


「イズミ君っ! 起きて! 大変なの!」


 俺は足元で狐姿のヤクモがうにゃうにゃと寝ぼけた声を上げながら目をこすっているのを確認すると、ランタンに光を灯して入り口のファスナーを開く。


「どうしたんです――ってうわっ!」


 俺の目の前に現れたのはやはりアレサだった。


 だがアレサはまるで慌てて着替えたように着衣に乱れがあり、大事なところは隠れているものの、それが逆に扇情的で……って、それどころでないよな。アレサが必死の形相で声を上げた。


「ドルフが逃走したの! とにかく焚き火の近くに来て!」


「えっ……? は、はい!」


 さすがに目が覚めたらしいヤクモを連れて、俺たちはテントを飛び出す。焚き火の近くまで駆け寄ると、そこには深刻そうに眉を寄せながら馬車を見つめるルーニーの姿があった。


「ルーニーさん、ドルフが逃げたって聞いたんですけど」


「うむ……。馬車を見てみるといい」


 俺は馬車に近づき、備え付けられている牢屋を見上げる。だがそこにドルフの姿はない。よく見ると鉄柵の一本が斜めになっており、人ひとりくらいならなんとか抜けられるようなスペースができていた。


「これって……馬車が老朽化していたんですか?」


「いいえ、そうじゃないみたい……」


 アレサが斜めになっている鉄柵の下を指差す。そこに顔を近づけて確認すると、鉄柵が刺さっていたであろう穴の周辺がグズグズに腐食していて、穴から外側に向かって床がぱっくりと割れていた。


 どうやら床が腐っていたのをいいことに、鉄柵の一本を強引に外に押し出したようだ。でもこんなにピンポイントで腐るものなのだろうか。


「ええと、これは……?」


 俺が振り返って尋ねると、ルーニーが言いにくそうに口を開いた。


「むうっ……。どうやら私がドルフに飲ませていた栄養満点の特製ポーションには、木や布をものすごい勢いで腐食させる効果があったみたいでね。それをまんまと利用されたみたいなのだ」


 見れば腐った床はドルフがいつも横たわっていた場所だ。それを隠しつつ俺たちの目を盗みながら、少しずつあの黄色い液体を床に染み込ませていたということだろうか。


 床にはドルフを縛っていた荒縄も落ちている。無理やり引き千切ったようだが、これにもポーションを染み込ませていたらしく、切断面は濡れてぐずぐずになっていた。ええと、飲ませていたのって栄養剤なんだよな……?


「どうやらドルフは少し前から正気に戻っていたようだね。いやあ、いくらなんでも村で与えた鎮静薬が効きすぎかな? とは思っていたんだよ。あはははは……」


 冷や汗を垂らしながら、ぎこちなく笑うルーニー。しかし気になる点は他にもある。


「それでアレサさん、どうやって逃げたかはわかりましたけど、そもそもナッシュさんが見張りをしていたんじゃないんですか?」


「えっ、ええっと、そうなんだけどね、ほんの少しだけ目を外していたというか……」


 俺の質問に、アレサが乱れた髪の毛を整えながら言葉を濁した。そんなアレサのはだけた胸元は、焚き火の明かりで汗がてらてらと光っており、正直めっちゃエロい。


 それを見てピンと来た。つまりこれはアレだ、ナッシュと二人でよろしくやっていたところで、ドルフに逃げられたってことだろうな。


 なるほどなるほど……って、リア充爆発しろとは思っていたが、本当に自爆してどうすんねん。俺は呆れ混じりのじっとりとした目でアレサを見つめたのだった。

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