10話 壁抜け

 【壁抜け】の消費スキルポイントは15ポイントだ。スキルコンボで発生したスキルだから、その分コストが高いのか?


 まあいいか、さっそく習得してみよう。早くも慣れてきた全身の衝撃の後に、サクッと内容が理解できた。できたんだけど……。


 5センチまでの壁をすり抜けることができるってマジで? 罠抜けや夜目に比べると一気に超常現象みたいな感じになってきたな。こんな状況だけど、オラ少しワクワクしてきたぞ。


 それじゃあさっそく試してみよう。ちらっと俺の対角線上で三角座りを続ける女の子の様子を探る。相変わらず俯いているので、目撃されて騒がれることもないだろう。やるなら今だ。


 俺は【壁抜け】を発動させ、腕をそっと背後の壁に突き出してみた。


 すると腕はそのままずぶりと壁を貫通し、その向こう側に突き抜けてしまった。手のひらには外の涼しげな空気に触れている感覚があり、壁と密着している部分にはなんだかザラついた感触がある。


 腕を抜き、壁を見る。俺が突き刺した穴なんてものはなく、さっきとまるで同じ状態。壁そのものを壊すようなスキルではないということだ。


 次に俺は思い切って、スキルを発動させたまま壁にもたれかかるように背中を預けてみた。


 するとズルッと気持ち悪い感覚を全身で感じたものの、そのまま俺は壁をすりぬけ、そのまま地面に背中がついた。仰向けになった俺の目には、まだ明るい空が見える。


 よしっ! このスキルを使えばここから逃げることができそうだ。


 俺はすぐに背中を起こし、上半身を小屋の中に入れる。今の姿を見られてないかと女の子を覗き見るが、さっきと変わらず俯いたままたまに嗚咽を漏らしていた。


 どうやら見られずに済んだようだ。上半身が壁にめり込んでいる男を目撃したら、さすがになんらかのリアクションがあっただろうしね。


 さてと……俺ひとりだとこのまま逃げられるわけだが……。あの女の子、このままにしておくのは……どうなんだろうなあ。


 壁抜けのスキルは自分にしか効果がないのは習得したときに理解できた。でも……あの女の子を見捨てて逃げるのか、俺?


 そりゃあさっき会ったばかりだし、あの子とは心を通わせるどころか、まともに会話すらしていないけどさ。


 だからといって、この子をそのままにしておくのは、人としてどうなんだろうなあ。さっきの野盗のセリフからも、彼女の身によくないことが起こるのは確定なんだし。


 さて、どうしたものか……と、またチカチカとモニタが点滅する。これも一体なんなんだよ。明らかになんらかの意思を感じるんだけど。


 モニターにはステータス画面のようなものが表示されていた。


【イナムラ イズミ】

【取得スキルポイント】21


習得スキル一覧

【縄抜け】

【夜目】

【壁抜け】▼


 点滅しているのはさっき覚えたばかりの壁抜けだ。壁抜けの隣には▼のマークが出ている。とりあえず押せってことなんだろうな。はいはいポチッとな。


 画面が切り替わり、このように表示された。


【壁抜け+1】

《これを習得するとお前が触れている人間も同じスキル状態になる。やるかやらぬかはお前の自由でよい。消費スキルポイントは20じゃ。YES/NO 好きな方を押s/%ヨn3》


 ……説明文が書かれてるんだけど……やけに口語的じゃね? 今までは事務的な文章だったのに。あと後半が文字化け。色々ツッコミが追いつかないからもう放置するけど。


 とにかくこれを習得すれば、あの女の子も壁抜けして俺と一緒に逃げることができるわけだ。


 しかし、よっしゃ【壁抜け+1】を覚えるぞ! ――とはならない。ツクモガミのモニターにも自由でよいって書いてたし、なによりもあの子が俺を信用してくれるかもわからない。


 俺からなるべく離れるように、部屋の対角線状に三角座りでしくしくと泣いている女の子を見る。


「お父さん、助けて……怖いよ……」


 女の子のかすれた声が耳に届いた。


 ……そりゃそうだ、怖いよな。逆に俺が少し冷静すぎるんだよ。この子を助けられるなら、助けてあげたいよな、やっぱり。


 俺はなるべく物音を立てないように、四つん這いで歩きながら女の子に近づく。


「……ひっ!」


 女の子が俺の気配に気づき顔を上げると、小さく悲鳴を上げる。だが壁際だから逃げられない。


「いや、やめて……」


 野盗どもに上玉と言われていた女の子だが、涙に濡れ恐怖に顔を歪ませる女の子の顔からは何もわからない。とりあえず野盗の兄貴と同じく金髪碧眼だと確認できたくらいだ。


 俺は彼女のギリギリ肌が触れないところまで身を寄せると、女の子はかわいそうなくらいにガタガタと震えだした。さすがにちょっと傷つくな……。


「落ち着いて……。どうか声をあげないで、黙って、聞いてほしい……」


 なるべくゆっくりとトーンを落とした声で語りかける。仕事でクレーマーと相対したときの経験が役に立った。荒ぶっている方々にはこのように語りかけるのが一番いいのだ。人によっては余計に荒ぶることもあるけど。


 俺の精一杯のイケボを聞いた女の子は、しばらくこちらを凝視しながら震えていたが、俺がなにもせずにじっとしていることに気づくと、やがてコクリと頷いた。とりあえずは話を聞いてくれるようだ。


「ここから逃げる手段がある。一緒に逃げないか?」


 俺の言葉に女の子の目は驚きに見開かれた。おそらく考えを巡らせているのだろう、即答はない。


 まあ逃げられなかったときは余計に酷い目にあわされそうだし、俺も逃げる手段を提示していない。だけど仮に拒絶され、自分だけが逃げることなった場合、女の子から手段が漏れる可能性がある。


 薄情かもしれないが、俺だってヤバイ局面なのだ。この辺がギリギリ妥協のラインだろう。


「確実に成功するとはいえない。でも、このままいたら俺たちどうなるかは……わかるよね? だから、一緒に逃げよう」


 そっと最後のひと押しをする。これで首を横に振るようなら……残念だけど、置いていくしかない。


 そうしてしばらく女の子を一挙手一投足を見守る。そして女の子は――再び首を縦に振ったのだった。

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