11話 脱出

 俺は【壁抜け+1】を習得した。これでスキルポイントが残り1だ。まずは女の子のロープを切ろう。


「今から驚くことが起こるけど、声を出さないようにね?」


 女の子は口を押さえてうなずく。別に今は話してもいいんだけど素直だな。いや、向こうも真剣なんだ。俺もしっかりやらねば。


 俺はツクモガミの【衣】【食】【住】のカテゴリの中から【住】を選択。


【インテリア】【小物】【本】【音楽】【ホビー】【コスメ】【チケット】等など、サブカテゴリがずらずらと並ぶ。


【衣】【食】に当てはまらないものが全部入っていそうだ。検索窓が欲しくなるなあ、実装希望。


 数あるカテゴリの中から【アウトドア用品】を見つけ出し、そこからナイフを――ああ、せっかくだから確認しておこう。


「これ、見える?」


 そう言って女の子にツクモガミのモニターを指差してみせる。だが女の子は黙って首を傾げるだけ。俺の言ってる意味すらもわからないって感じだ。やっぱりモニターが見えるのは俺だけらしい。


 俺はツクモガミから2300Gの十徳ナイフを選択。ナイフだけでなく小さなハサミやヤスリ、栓抜きなんかも付いている赤いつかの有名なブランドのヤツだ。せっかくだから俺はこの赤のナイフを選ぶぜ。


 後は購入ボタンを押すだけだ。


「……それじゃいくよ」


 俺は購入ボタンを押すと、即座に両手を広げてダンボール箱をキャッチできる状態に構えた。突然の俺のポーズに、女の子が怯えるように顔を引いた。少し悲しい。


 だが俺は虚空に現れたダンボール箱をナイスキャッチ。落下音を立てずに済んだようだ。


 突然現れた箱に女の子は驚いたように目を見開いているが、約束どおり口を押さえたまま声を上げずにいてくれた。


 俺はダンボール箱から取り出した十徳ナイフのひとつ、ギザギザの刃をノコギリのように使い、女の子の腕を縛る荒縄を切った。縛られてからも抵抗をしていたのだろう、擦り傷だらけの赤い跡がなんとも痛々しい。


 しかしそれを気遣ってもいられない。早く逃げるに越したことはないからな。俺はさっとダンボールをストレージに片付けて証拠隠滅すると、女の子に囁きかける。


「それじゃ逃げるよ」


「あの、見張りの男をやっつけるの……?」


 初めて女の子が俺に向かって声をかけた。まだ瞳には涙がにじんでいるが、生きる活力が戻ってきているように感じる。よかったと思う。


「まさか。俺の腕っぷしはからっきしだよ。とりあえずついてきてくれるかな」


 俺が手を差し出すと、少しは信用してくれたのか、女の子は俺の手を握って立ち上がった。


「……びっくりするかもしれないから、引き続き大声は上げないようにね。壁抜けをするから」


「え?」


 俺たちは手をつないだまま壁に向かって進み――


『壁抜け』


 念じながら壁に向かって歩いた。


 まだ慣れない壁抜けの感触をこらえるために息を止めながら壁に突撃。一瞬の不快感が通り過ぎた後、俺の肌を涼しげな外の空気が触れていった。


 そして俺が壁を抜けたのを見て、びっくりして足を止めたであろう女の子の腕を引っ張り無理やり外に出す。つんのめるように彼女が小屋から出てきた。


「ほら、出られたでしょ?」


 少し得意げになった俺の言葉に、目を瞑っていた女の子がぱちくりと目を開く。そしてきょろきょろと辺りを見渡してから、かすれた声で呟いた。


「さっきから思ってたけど……君、すごい魔法が使えるのね……」


 ああ……やっぱりここって、剣と魔法の世界なんだな。それでもあんな部屋に俺たちを閉じ込めて野盗が安心しているあたり、【壁抜け】のようなスキルはこの世界でも特異なものなのだとわかる。


 というか見た目が若返ったとはいえ、精神的には前のままなので、歳下の女の子からタメ口で話しかけられてるような感覚になるなあ。慣れていかないと……。とまあ、そんなことはさておき――


「それじゃあここから離れようと思うんだけど……実は俺、ここがどこかもわからないんだ。どこに逃げればいいか、わかるかな?」


 そんな俺の情けない提案に、女の子はハッと口に手をあてた。


「そ、そうだ、お父さん……! 私たちが襲われた馬車のところに……お願い、私と一緒にそこに行ってほしいの……!」


 女の子が焦燥に駆られたような表情で俺を見る。断ればすぐにでも一人で走っていきそうだが――


 襲撃現場となるともちろん野盗も知っている場所なわけで、少なからず危険が伴うだろう。


 けれどもわざわざ自分の意思で助けておいて、ここでお別れというのも薄情だし、これも乗りかかった船ってやつだ。……それに俺ひとりだと、また森をさまようかもしれないしね。


 俺は彼女の懇願に頷いてみせた。

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