12話 自己紹介

 女の子の案内に従い、森の中を駆け足で進んでいく。


 ひとまず脱走は成功したと言っていいだろう。リーダー格の兄貴は泉に向かい、見張りの子分はまだ脱走に気づいていない。後は俺たちの脱走になるべく気づかないことを祈るばかりだ。


 だが思ったよりも健脚けんきゃくな女の子に全力でついていくこと数十分。俺も彼女もとうとう息が切れてきた。


 足をもつれさせながらも走ろうとする彼女をなんとか説得し、今は少し歩きながらの移動中だ。


 この機会にようやく互いに自己紹介をすることができた。女の子の名前はクリシア。父親は村の教会で働く神父で、彼女はその手伝いをしているらしい。


 先日まで父親と二人で近隣の集落のおさの葬式に出向いていたらしいがそれも終わり、今朝になって自分の故郷の村へと帰る道中で野盗の襲撃を受けたそうだ。


 俺は自らをイズミと名乗った。これまでの経緯については――気がついたら森の中にいた。名前以外なにも思い出せない。うろついてたら小屋を見つけて、後は君も知っての通りだ――と説明。


 異世界転移をしたなんて誰にも言うつもりはないし、かと言って現地民ぶったところでボロが出る。記憶喪失で通すのが一番いいと考えたのだ。


「お父さんは回復魔法が使えるの。あの傷を全快させるなんてとても無理だけど、それでも……!」


 クリシアが唇を噛みしめる。生存に一縷いちるの望みにかけたいのだろう、当然だ。しかしそれとは別に気になる言葉があった。


「回復魔法?」


「うん、村ではお父さんだけが使えたの。……あっ、イズミはもしかして……回復魔法、使える?」


 少し期待を帯びたようなクリシアの問いかけに、俺はツクモガミを呼び出す。回復魔法というのは【精神スキル】にあたるのかな? ぽちっと。


 だが【精神スキル】欄をタッチしてみても、そこにはなにも見当たらなかった。【身体スキル】の方もからっぽだ。


 念のため、さっきも見た【特殊スキル】欄も見てみよう――ファッ!?


【現在習得可能な特殊スキル】


【裁縫】

【掃除】

【洗濯】

【料理】

【祈り】


【恫喝】だの【脅迫】だのという物騒なスキルが消え、変わりになんともほんわかで家庭的なものにすり替わっていた。どういうことだ?


 とりあえず、その中でなんとなく気になる【祈り】というスキルをタップしてみる。


《スキルポイント10を使用します。よろしいですか? YES/NO 朝に祈ればその日のLUK値が+1されるだけスキルじゃ。あまりおすすめはせんぞ? あと検索窓については鋭意製作中じゃかrタn縺9ァ》


 事前に性能を教えてくれるのはありがたいけれど、どんどんカオスになってきてるなコイツ。とりあえず忠告に従って【祈り】を覚えるのはやめとこ……。


 というか、さっきまでのスキルと、今のスキル……。うーん……。


 俺は隣を歩くクリシアを見つめる。すると俺に何か言いたげな顔をしているクリシアと目があった。あー、やっぱ美人だなこの子。


「あの……イズミ?」


 クリシアの声に、会話の途中だったことを思い出した。


「ああ、回復魔法は使えないんだ。ごめんよ」


「ううん、謝らないで。私だって使えないし……。神父の娘なのに回復魔法も使えないなんてね。ほんと、私って……」


「大丈夫だって。回復魔法が使えなくたって、教会で何もやっていないわけじゃないんだろ?」


 世の中、才能のある人をサポートする方々がいてこそ回っていくのだ。自分が一番になれないからって卑下することはない。前の世界の理屈だけどね。


「お洗濯やお掃除なんかは全部私がやってるけど、それでも……」


 クリシアの顔は晴れない。だが、これってやっぱり……。


 そんな俺の考えがまとまるよりも早く、クリシアが頭をぶんぶんと振る。


「ううん、そんなことより今は早く行かないと。イズミ、もう休憩は十分だよね?」


「そうだな、いけるよ」


 俺たちは頷き合うと、再び馬車へと急いだ。



 ◇◇◇


 それから再びヘトヘトになるほど森を駆け抜け、夕暮れが迫ってきた頃。突然クリシアが声を上げた。


「見えた、あの馬車!」


 クリシアの指差す方向、ようやく森を抜けた先に見えたなだらかな平原には、打ち捨てられたように一台の馬車が横倒しになっている。そしてそのすぐ傍には血まみれの男が一人、力なく横たわっていた。

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