247話 料理+1

 YESを押した瞬間、俺の身体の中にスキルが注ぎ込まれていった。


 新しい何かが自分の中に組み込まれていくような不思議な感覚――無痛のせいか、普段よりもそれが深く感じられる。これで俺は【料理+1】を習得したわけだ。


 スキルは目安として、+0は熟練級、+1が達人級、+2で伝説級とのことだった。つまりこれで俺は料理の達人ってわけだ。


 もしも太鼓スキルを覚えたら――って、そんなことはどうでもよかった。さっそく【料理+1】の使い心地を試してみることにしよう。


 俺は補充が必要な食材を調理台にどっさり載せると、もう一回遊べるドン! とばかりに包丁を構えた。


 そうだなあ……まずは簡単なキュウリスティックから作ってみるか。俺はキュウリに包丁をサクッと差し込み――


 次の瞬間、俺の手が料理動画を早送りで見ているかのようなスピードで動いたかと思うと、あっという間に複数のキュウリスティックが出来上がった。


 うへえマジか……。たしかに料理が楽になるだろうと思っていたけれど、ここまで違うものなのか。


 それじゃあソードフロッグの肉ならどうだろう。ソードフロッグの肉は熱を加えるまではやたらと弾力があり、包丁を押し込むように使わないと切れないのだ。


 俺は少しワクワクした気持ちを抑えながら、つるんと皮の剥かれたソードフロッグの肉に向かって包丁をそっと差し込む。


 するとこれもまるで力を込めることなくスッパスパと切れていき、一瞬のうちにから揚げ用の一口サイズの肉がずらりと調理台に並んだのだった。


 ……いやいや、これはすごいぞ。分類としては達人級とのことだが、これはもはや人間の領域を越えてる気がしないでもない。しかしこれならこの修羅場を乗り切ることができそうだ。


『なあなあイズミー、スキルの調子はどうじゃ? いけそうならまずはフライドポテトを揚げておくれ! 塩はたんまりと振ってくれると嬉しいのーう!』


 高い位置にある調理台が見えないせいか、ヤクモが覗き込むようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら念話を飛ばしてきた。


『ああ、これならなんとかなりそうだけど……お前、塩分の摂り過ぎには注意しろよな?』


 俺もあまり人のことは言えないが、コイツはなかなかの偏食で不摂生だからな。神様が生活習慣病にかかるかどうかは知らないけどさ。


『ひぐっ、食っとるときに嫌なことを言うでない! 大丈夫じゃろ、多分……。い、いや、やっぱり塩は控えめで頼むのじゃ』


 俺の言葉に目を泳がせながら、ヤクモが空っぽの皿をそっと前へと押し出した。どうやら多少は不摂生の自覚があったらしい。


『あいよ。それじゃもう少しだけ待ってな』


 俺はじゃがいもを調理台に並べると、もはや常人離れしたスピードでザクザクッと切り刻み、どんどんフライドポテトを量産していった。


 作りたてのホクホクが最高に美味いらしく、ヤクモは軽く舌をやけどさせながら次から次へと口に入れていたよ。



 ◇◇◇



【料理+1】のおかげでようやく宴会のペースに押し負けることなくなった頃。ようやく俺にも宴会の様子を眺めるくらいの余裕ができた。


 広場を見渡せば、エルフの村人たちはそれぞれがワインの入った紙コップを片手に上機嫌に笑い合ったり、肩を並べて歌を歌ったり、俺と目が合った者は笑みを浮かべて手を振ってくれる。


 うーむ、こういうのを見ていると、俺としても宴会をやった甲斐があったってもんだよな。


 そういえば前の世界のときも、仕事は定時でさっさと帰るくせに忘年会なんかは率先して幹事をやったもんだ。俺はこういうことが根っから好きなんだろう。


 そんなことを思い出していると、食べ物を補充しにきたのだろう一人のエルフがバーベキューコンロの前まで歩いてきた。彼の顔には見覚えがある。自分の畑を襲われていた若エルフだ。


「いらっしゃい。これ、焼きたてだよ」


「あっ、イズミさん。ありがとうございますっ!」


 俺が串焼きを差し出すと、若エルフはそれを手に取りぺこりと頭を下げて再び人の輪の中へと戻っていった。さてと――


 ――残念。習得できそうなスキルはなかった。


 調理作業に余裕ができたこともあり、なるべく串焼きを手で渡してその際にちょっぴり手に触れさせてもらっているのだ。


 これまでに【木登り】【歌唱】【踊り】【山菜採り】のスキルを習得させてもらった。ちょっとした役得だよな。


 ちなみに【木登り】は今朝のリザードマン襲撃の後、治療でグルタタに触った際に習得したスキルだ。他にも【うっかり者】ってスキルはあったけど、もちろん取らなかったよ。


「――けぷっ」


 突然耳に届いた音に顔を向けると、ララルナが少し苦しそうな顔で腹をさすっていた。


 俺が必死に調理をしていたせいで忠告が遅れたからか、ララルナはフライドポテトを手を休めることなく食べていた上に、匂いにつられてカレーまで食べてしまったからなあ。カレーの匂いに抗える者なんていないのだ。


「あらあら、ララちゃん大丈夫~?」


 ワイン片手にほんのり顔を赤く染めたママリスが歩いてきた。うーん、色っぽい。そんなママリスにララルナはお腹をさする手を止めることなく答える。


「ん。少し、食べ過ぎた……」


「ふふっ、こんなに美味しいんだもの、それは仕方ないわよね~? ……あっ、そうだわ~。ねえイズミ君、少しは人も減ってきたし、ここは私が見ておくから、ララちゃんと一緒に辺りを歩いてきたらどうかしら~?」


 ララルナの腹ごなしを兼ねてってことか。それもいいかもしれない。俺としてもせっかくの宴会を、ここで働くだけで終わらせるというのはもったいないもんな。


「それじゃそうさせてもらいます」


「ん。イズミ、いこ」


「はーい、いってらっしゃい~」


『ワ、ワシは今は動くのもキツい。ここでじっとしているのじゃ……』


 俺はママリスと足元で青い顔で寝転んでいるヤクモに見送られながら、ララルナと一緒に騒がしい広場の中へと足を踏み入れたのだった。

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