248話 お祭り騒ぎ
ガヤガヤと騒がしい広場をララルナと二人で適当にうろつく。薄暗いかがり火と人混みのせいか、普段は一目置かれているお姫様も注目されることはない。しばらく広場を歩いていると、ララルナがぽつりと口を開いた。
「イズミ、ありがと」
「へ? なにが?」
「村のみんなの楽しそうな顔、久しぶりに見た。この時期はみんなお腹を空かせて、イライラしてるか、暗い顔してる人、多い」
「あーそれな。楽しんでもらえているなら、なによりだよ。そういうララルナはどうだ、楽しいか?」
「ん。でもカレーライス、もっとたくさん食べたかった。残念」
腹をさすりながら、へんにょりと眉を下げるララルナ。フライドポテトを食べ続けていたのを止めた時点でかなり食べていたもんな。それを察してカレー係のモブググが小さめに盛ったのにもかかわらず、なんとか食べきったくらいだったし。
「まあ気に入ってくれたのなら、ママリスさんの家でもう一回くらい作ってやるよ」
俺の提案にへんにょり眉のララルナが一転、目を輝かせた。
「ほんと? でも一回だけじゃなくて、もっとたくさん作っていいよ」
「あー……。俺もそろそろ住んでいる町に帰るからなあ」
「……そか、イズミ帰るんだった」
再び表情を曇らせるララルナ。あまり口数が多いタイプではないけれど、案外表情はわかりやすい。俺のうぬぼれでないのなら、俺との別れを惜しんでくれているのだろう。
「……いつごろ、帰る?」
「そうだな……あと二、三日ってところかな?」
「それじゃおみやげのどんぐり、たんまり集めとく」
ララルナは使命感を帯びたように、キリッと口元を引き締める。
「それは別に……いや、わかった。楽しみにしておくからな」
何度かどんぐりを拾っているのを見たし、どんぐりがララルナにとって大切な物だというのは知っている。俺はララルナの気持ちの込められた
「ん。期待してて」
そうして拳をぐっと握ったララルナを微笑ましく眺めつつ、俺たちはさらに広場の中を歩いていく。すると前方に何やら大勢の人だかりができているのを発見。特に目的もない俺たちは、その人だかりにふらふらと近づいていった。
「あたーりー」
突然、
「なあ、ララルナ。アレって何をやっているんだ?」
「……たぶん、的当て。広場でお祭り騒ぎがあると、いつも武芸大会が始まる。どの武器の大会になるかはみんなの気分次第。当たりとか言ってるから、的当て」
的当てってことは弓の大会か。俺も弓をよく使ってるし、なかなか興味がそそられる演目だな。
「ララルナ、見に行ってもいいか?」
「ん」
ララルナがこくりと頷き、手を差し出した。目の前は結構な人混みだ。はぐれないように手を繋げってことだろう。俺はララルナの細っこい手を掴み、そのまま人混みをかき分けて前へ前へと進んでいった。
そうしてなんとか最前列に辿り着くと、そこでは大勢の観客が見守る中、一人の短髪のエルフがピンと背筋を伸ばし弓を構えている姿が見えた。
辺りはしんと静まり返り、その静寂のなか短髪エルフが矢を放つ。
矢はまるで吸い込まれるように、遠く離れた木の杭に描かれた円のほぼ中心に突き刺さり、コンッと短く心地よい音を立てた。
審判役とおぼしきエルフが声を上げる。
「あたーりー! これにて子供の部優勝は……ブルシシに決定ィィ!」
「よっしゃー!」
観客がドッと沸き、矢を放った短髪エルフが拳を突き上げて喜びを爆発させた。どうやら彼が優勝したブルシシのようだ。
エルフなだけにもちろんイケメンな青年なのだが、子供の部なのか……。すぐ隣にも中身が子供の美女がいるけれど、やっぱりこのギャップにはなかなか慣れそうにない。
司会役も兼ねていたらしい審判からトロフィーらしき木彫りの像を手渡され、ブルシシ君が像を掲げて得意げな笑みを浮かべる。それを見届けた見物人たちは口々に感想を言い合いながら、ばらばらと解散していった。
「ブルシシのヤツ、また腕を上げたな」「ああ、これは俺たちもうかうかしてられねえぞ」「そうだな。ところでお前、アレ食べたか? カレエライっての。すげえうめえぞ!」「ああアレか……。行列が長すぎて諦めちまったよ」「まじかよ。一度くらい食ってみな、飛ぶぞ?」
どうやら的当て大会はこれにて終了らしい。どうせなら大人の部も見たかったんだけど、残念ながらすでに終わっているようだ。
それじゃあ俺たちもここから離れようか――と思ったところで、ふいにブルシシと目が合った。ブルシシはくわっと目を見開くと、ずんずんとガニ股でこっちに向かって歩いてくる。
「やい、人族!」
開口一番、俺に向かって指を差すブルシシ。
「えっ!? な、何かな?」
「お前、なに馴れ馴れしく姫様のお手を握ってるんだよ!」
「あっ、あー……」
俺からすると子供のお世話くらいの感覚になっていたけれど、村の姫様だもんな。たしかにこれはあまりよろしくないかもしれない。
「すまん、人混みではぐれそうになったからな。それが馴れ馴れしく見えたのなら悪かった」
そう言ってすぐさま手を離した。視界の端ではララルナがぷくっと頬を膨らませていたが見なかったことにする。
しかし手を離してもブルシシのお怒りは収まらないようだ。眉を吊り上げたままブルシシは俺にぐいっと顔を寄せてきた。
「お前! イズミとか言ったか? 姫様のお気に入りだからって調子に乗るんじゃねえぞ! お前なんかより俺のほうがずっと腕が立つし、姫様だってお守りできるんだからな! ……そうだ! お前、弓が上手いんだろう? 今から俺と勝負しろ!」
ビシッと的のある木の杭を指差すブルシシ。そういえば村人の誰かに弓が得意って話もしたっけか。相変わらず村ってヤツは話が伝わるのは早いものだなあ……。とはいえ――
「いやあ、勝負は遠慮しとくよ」
俺は両手をひらひらと掲げて降参のポーズをした。
正直なところ、ついさっきブルシシが弓を撃つ姿を見た感じでは、俺の方が腕前が上だと思った。けれどもスキルで楽に習得した弓術でドヤ顔をするのって、どうなんだろうかと思っちゃうよね。
……いや、ドヤ顔は結構しているような気もするな……?
いやいや、それはともかくアレだ。ちょっかいをかけてきたってことは、きっとブルシシはララルナに憧れているか惚れているのだと思う。そんな少年を姫様の前で負かすのは気が引けるんだよな。この場はさっさと立ち去るに限る。
「それじゃ俺たちもう行くから」
「なんだと、この腰抜けめっ!」
ブルシシが俺を挑発するが、やいやいと言われるのはこの村でずいぶんと慣れたしな。俺は気にすることなくブルシシに背を向けた。ララルナが不服そうに口をへの字に曲げているけれど、彼と言い争うつもりもないようだ。
「まっ、待ちやがれ!」
ブルシシが俺たちに駆け寄る。ああ、これはかなりしつこいタイプなのかな? そういうことなら話は別だ。いっそのこと勝負を受けたほうがいいのかもしれない。……そうとも、少年は大きな壁にぶち当たってこそ、さらに大きく成長するのだ――
――などと考えを180度変更させたところで、広場の向こう側から一人のエルフの男が駆けてきた。男は走りながら大声で叫ぶ。
「敵襲! 敵襲ーッ! リザードマンが、リザードマンが村を襲いにきたぞ! 戦える者は北門に集まってくれーッ!」
えっ!? いきなり何事だよ! 俺とララルナはお互い顔を見合わせると、すぐさま北門に向かって駆け出した。
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