249話 北門

「襲撃だと!? 外の畑ならともかくどういうこった!?」「知らねえよ! とにかく家に戻って槍を取ってくらぁ!」「弓持ってるヤツはそのまま北門に行けっ!」「おおっ!」


 さっきまでの和やかで賑やかな雰囲気から一転、エルフたちは声を荒げ、広場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 武器を手に持ち、北門へと駆け出す連中の中にはブルシシの姿も見える。さすがに俺たちに構っている場合じゃないらしい。


 そんな彼の背中を追いかけるように、俺とララルナも北門を目指してひたすら走っていると、道端でうろうろしているヤクモが目に入った。向こうも俺たちに気づいたのか、俺の頭の中にヤクモの甲高い声が響く。


『おおっイズミ、待っとったぞ! ワシも連れていっておくれー!』


 さっきまでメシを作っていた場所の方が北門に近い。どうやらヤクモは俺たちを待ち構えていたようだ。


『あいよっ』


 俺は走りながらヤクモを抱え上げ、いつものように首に巻きつけてやる。するとヤクモはオエッとえずいて、ぐんにゃりと体を預けた。


『も、もちっと優しくやっとくれ。あやうく何もかもを吐き出すところじゃったのじゃ……』


『それ絶対止めてくれよ? ってかまだまともに動けないのならさ、休んで待ってりゃよかったのに』


 そんな俺の言葉にヤクモはキリッと口を引き締める。


『なーにを言っとるんじゃ。トラブルが発生しとるんじゃろ? 危機回避リスクヘッジには情報を正しく精査して迅速に対応することが肝要じゃ。ワシが行かないことには始まらんじゃろがい!』


 相変わらずやる気だけは人一倍あるヤツである。まあ連れて行ったって邪魔にはならないだろうし、別に構わないけどな。


『わかったよ。それじゃあしっかりつかまってろよ?』


『うむ、任せたのじゃ。……そ、それからすまんのじゃが、もうちっと揺らさないように走ってくれんかの……うえっぷ』


 ほのかにカレー臭を漂わせながら、念話を届けるヤクモ。コイツあれからカレーも食べたのかよ……。


 俺は普段よりもぶよぶよしてるヤクモの腹回りを首元で感じつつ、なるべく揺らさないように北門へと急いだ。



 ◇◇◇



『つ、着いたようじゃの……』


 息も絶え絶えにヤクモが呟く。どうやらヤクモにゲロを吐かれる前に北門に到着することができたようだ。


 閉め切られている門の周辺では武装したエルフが続々と集まり、門を挟むように建てられた二つのやぐらの上では、弓を持ったエルフたちが門の外へ向かって休む間もなく矢を放っている。


 ――ゴゥンッ!


 突然大きな鈍い音を立て、門が激しく揺れた。どうやら門の向こう側ではリザードマンがこの門を破ろうと躍起になっているらしい。


 俺の【空間感知】によると、門の外には三十匹以上のリザードマンが集まっているようだ。それほど頑丈そうな門には見えないし、門が破られるのは時間の問題だろう。


「弓を持ってるヤツは俺ん所に集まれ! 槍はグルタタの所だ!」


 怒声にも似た大声に顔を向けると、リギトトが大きな槍を振り回しながら村人たちに指示を出していた。俺たちはリギトトの元へと駆け寄る。


「父様!」


 ララルナが声をかけると、リギトトは険しい顔を少しだけほころばせた。


「おおっ、ララちゃんにイズミ、よく来てくれた! せっかくの宴だってのにこんなことになってすまねえけどよ、そうも言っていられねえ。悪いが二人とも手伝ってくれるか?」


「ん」


 ララルナがコクリと頷く。俺もそれに続こうとしたところで――


「族長様! おっ、俺もやります!」


 割り込むように声を上げたのはブルシシだ。リギトトはじろりとブルシシを見つめる。


「あ? お前はたしかドミズズの倅だったか」


「はいっ! 弓には自信があります! 大人にも負けません!」


「ほう……。よし、そういうことならコキつかってやろうじゃねえか! 俺はガキだからって容赦はしねえからな。せいぜい気張りやがれっ!」


「はっ、はいっ!」


 リギトトが激励するようにブルシシの肩をバシンと叩き、ブルシシは反り返るくらいに背筋を伸ばして威勢よく返事をした。そして槍の集団をまとめていたグルタタが声を上げる。


「族長! 槍兵の準備が終わりました!」


「よおし! それじゃあ一気にやっちまうぞ! こっちから門を開けてやって、出会い頭にララちゃんのアイスアローとお前らの矢をトカゲ野郎共にたんまりと食らわせてやるんだ! そこで怯んだところを……槍で一斉に押し返す!」


「おおおおおおおおおっーー!!!!」


 武装した荒くれ者たちが一斉に声を張り上げ、地鳴りのように辺りに響く。普段はきれいなイケメンたちなのに、リザードマンとの徹底抗戦のために村に残っただけあって、やっぱり血の気の多い連中が多いみたいだな。


 俺はリギトトに誘導され、門の真正面に並んだ。ララルナと一緒に最前列だ。後ろを振り返ると弓を持ったママリスがいて、俺と目が合うと笑みを浮かべながらひらひらと手を振った。


「チッ、腰抜けは引っ込んでろよな!」


 隣にいたブルシシが舌打ちをすると、今まで無視を決め込んでいたララルナが眉間にシワを寄せてブルシシを見据えた。


「イズミは腰抜けじゃない。いい加減にしないと……私も怒る」


「ひ、姫様っ! 俺はただ、姫様の身を案じてですね……」


 ブルシシは情けない顔で言い訳をするが、ララルナはぷいっと顔を背ける。そして目をつむるとアイスアローを撃つ準備に入った。


「くそっ! お前のせいだからな!」


 ブルシシは俺をひと睨みして、矢筒から矢を取り出し準備を始めた。その様子を眺めていたヤクモがため息をつく。


『やれやれ、お前は誤解されるというかあなどられるというか……。普段からアホ丸出しにしとらんと、もうちっとキリッとしとったらどうじゃ?』


『誰がアホ丸出しだよ。けれどそれはともかく、普段から気を張ってたら疲れるだけじゃん。侮られるくらいの方が仕事もふっかけられないし、今のままでいいよ』


 仕事ができるアピールなんて、面倒が増えるだけだからな。


 前の世界でも定時に帰ることだけを目標に仕事をこなしていたら、いつの間にか上司からも残業を求められることもなくなり快適に過ごせたもんだ。


 まあ同時に出世からも遠のいたけれど、無理することなく働くことに比べれば、大した問題じゃない……よな?


『はあ……相変わらず労働に喜びを見い出さぬ男じゃのう。……じゃが、もちろん今はやるべきことをやるんじゃろうな?』


『ああ、それは当然だな』


 俺はストレージからカーボン製の矢を取り出して弓につがえる。門を見れば、近くのエルフが今まさにかんぬきを引き抜こうとしていた。


【空間感知】によると、門の向こう側ではリザードマンがぎゅうぎゅうに渋滞を起こしているようだ。門を開いた瞬間、リザードマンがこちらに向かって殺到してくることだろう。


 リギトトがじいっと門を睨みつけ、そして声を張り上げて合図を送った。


「今だ! 門を開けえええええーー!!」


 閂が引き抜かれ、勢いよく扉が開いた。途端に目を血走らせたリザードマンが弾き出されるようにこちらに飛びかかってきた。


 ララルナは頭上に浮かぶアイスアローを射出するべく手を振り下ろし、周辺の連中も弓を引き絞る。そして俺はいつものを魔物の群れに向かって撃ち出した。


「画竜点睛! イーーーーグルッ、ショーーーーッッッット!!」


 俺の弓から発せられた膨大な魔力の塊が、リザードマンの大群に向かって津波のように押し寄せていく。リザードマンたちは揃いも揃ってその無機質な瞳を驚愕に見開き――


 次の瞬間にはリザードマンは跡形もなく吹き飛んでいたのだった。ついでにちょっと……いや、かなり門の方も吹き飛んだけれど、それについてはどうか許してほしいと思った。

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