250話 祭りだワッショイ

 辺りがしんと静まり返り、門のあった場所で土煙だけがもうもうと舞っている中――


「――は?」


 ぽかんと口を広げたリギトトが気の抜けた一言を漏らした。その言葉を皮切りに、周辺のざわめきが少しずつ大きくなっていく。


「な、なんだよ、今の……」「リザードマンがぶっ飛んだ……?」「イズミがやった……んだよな?」「いやいや、イズミって料理が得意なだけの人族だろ?」「俺は弓が得意って聞いているが……」「バカ、得意どころの話じゃねえだろ」


 戸惑いながら遠巻きに俺を見るエルフたち。そんな状況の最中、いきなりブルシシが俺の目前に立ちはだかった。


 うつむいたブルシシから表情はうかがえない。彼は肩をぶるぶると震わせながら声を漏らす。


「すっ……」


 す? 俺が首を傾げていると、ブルシシが勢いよく顔を上げた。


「すっげえええええええー!! アンタすげえじゃないか! 腰抜けだなんて言って本当に悪かったな! なんだよ、アレ! なんなんだようアレッ! 弓でやったんだよな!? リザードマンが一瞬で消し飛んじまった、意味わかんねえ! あんなの見たことねえよ、すげーーーー!!」


「おっ、おう……」


 目をキラキラと輝かせながら矢継ぎ早に話しかけてくるブルシシに、俺は思わずのけぞる。さっきまでと全然対応が違うんですけど?


 俺としては、どやっ! キッズの鼻っ柱をへし折ってやったぜ! なんて気持ちもちょっぴりあったんだけどさ。それだけにここまで素直に手のひらを返されると、大人げなかったかなと思ってしまうよなあ。


 そんな心境から返事を言いあぐねている俺に代わり、ララルナが誇らしげに胸を張る。


「イズミならこのくらい余裕」


『じゃな! 当然じゃい!』


 ついでにヤクモもフニャンとひと鳴きした。


 ちなみに、周りのエルフたちが巻き添えを食らわないように慎重にタイミングと間合いを計ったし、言うほど余裕じゃなかったんだけどな。こんなに神経をすり減らした一撃は初めてだよ。


 しかしそんな俺の思いをよそに、エルフたちのどよめきは次第に歓声へと変わっていき、辺り一帯に響き渡った。


「イズミよくやった!」「なんかよくわからんがすごかったぞ!」「一体アレなんだったんだ!?」「細けえことはいいじゃねーか!」「そうだな、とにかく助かった!」


「うわっ、ちょっ……!」


 歓声を上げながらエルフたちは俺の元へと駆け寄ってくると、俺の肩やら背中やらをバシバシ叩いて俺の活躍をたたえてくれた。嬉しいことは嬉しいんだが、入れ代わり立ち代わり叩かれまくってめっちゃ痛い。


 ――バシンッッ!!


 痛っったあああああ! 最後にひときわ痛い一撃を背中に食らった。涙目で後ろを振り向くと、リギトトが上機嫌に口の端を吊り上げている。


「イズミィ、やるじゃねえか! せっかくの宴にケチがついちまったが……ここから仕切り直すぞ! 俺も秘蔵の酒を出すからな、ぜひ飲んでくれ! オラッ! 野郎共もいくぞおおおおおお!」


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」


 リギトトの雄叫びに周りのエルフたちも雄叫びで答え、辺りはむせるほどの熱気で包まれる。そうして俺は荒くれ者のエルフたちにもみくちゃにされながら、再び宴の喧騒に巻き込まれていった。



 ◇◇◇



 宴会が終わった。


 俺への弟子入りを迫るブルシシ。門の修復に頭を抱えるグルタタ。ワインをひと口飲んでぶっ倒れたララルナと、それを見て右往左往するリギトト。体からカレー臭が取れなくなったと嘆くモブググ。酔っ払って上着をはだけさせ、見えそうで見えないママリス。ドカ食いのあまり、ついには気絶したヤクモ――


 なんだか色々とあったけれど、おおむね楽しめたと思う。


 俺はほろ酔いでママリス屋敷の客室に戻り、ヤクモを足元に寝かしてベッドに横になり――



 ――その夜、俺は夢を見た。


 いつの間にか俺の目の前には、長い緑の髪をふんわりとカールさせ、肩を出したブラウスにショートパンツを着こなした、爪をピンクやら青色やらでデコりにデコっている――前の世界のギャルみたいな女が立っていた。


「おっ、気がついたー?」


「……気がついたというか、俺は今も夢を見ているような……」


 これが夢だと認識しているのに目が覚めない、今はそんな状態だと思う。こういうのって明晰夢というんだっけ。


「そっそ、夢だよユーメ。今あたしはあんたの夢にコンタクトしてんの。技能っちみたいに直接話せたらいいんだけどさー。あたしじゃ夢見ゆめみでようやくなんとかってところなんだよねー」


「はあ、そっすか」


 技能っちとは技能の神だろう、多分。あの神様の知り合いなら、このギャルもなにかの神様なんだろう。


 何の用事かは知らないが、用事があるならさっさと済ませてぐっすり眠りたい。今の眠れそうで眠れない状態はなんだかモヤモヤして気持ち悪いのだ。


「おっ、早くも受け入れちゃってるカンジ? そういう深く考えない性格、いいと思うよー? とりまさぁ、用件言っちゃうねー」


「あー、でもその前に、なんの神様かくらいは教えてもらってもいいですか?」


 向こうは俺のことを知っているようだが、さすがに自己紹介くらいはやってもらいたいもんだ。俺の問いかけに、なにが面白いのかギャルは何度も大きく手を叩いた。


「あはっ、あたしってば焦りすぎじゃん! ウケる! それじゃー自己紹介すんね?」


 そこで緑髪の神様は佇まいを正し、まっすぐに俺を見つめた。その姿からはどういうわけか母性のような安らぎと心地よい癒やしを感じる。見た目はギャルなのに。


わたくしはこの世界に生きとし生けるすべての樹木を生み出し育む者……。人の子には森の神と呼ばれております。この度はあなたに折り入ってお願いしたいことがあり、夢枕に立たせていただきました――とか言ってみたり! うわ、恥ずっ! とりまヨロ~☆」


 早くも神秘的な佇まいを霧散させ、ひらひらと手を振るギャル。


「マジで?」


「マジよマジ」


「森の神って沈黙を重んじるとか聞いたこともあるし、全然イメージと合わないんですけど」


 たしかレクタ村のキースがそんなことを言っていた気がする。そんな俺の言葉に、森の神は少し照れたようにデコった爪で頬をポリポリかいた。


「あーねー。まあそういう時期もあるにはあったんだけどね? ホラ、神様みんなであんたの世界に研修に行ったときにさ、現地の子たちのカラフルな装束を見てうわヤバッ、これはリスペクトするしかないっしょ! って思ってー。それでイメチェン? みたいな」


 そういえばヤクモが普段着ている和装も現地研修で気に入ったとか言ってたし、プログラムだのアップデートだのと妙にあっちの知識に傾向しているよな。森の神はかなり極端な気もするが、それと似たようなもんかね。


 こんなキャラで森の神とか、キースやこの村のエルフたちが知ったらショックを受けそうな気がしないでもない。もちろん言いふらすつもりはないけどな。


「……それで、その森の神様がなんの用でしょうか」


「そーそー。それを言いに来たんだった。それじゃさっそく言っちゃうけどさー」


「はい」


「このままじゃー、この森一帯、全滅しちゃうんだわ。なんとかして?」


「はい?」



――後書き――


 ついに250話到達しました! ここまで読んでくださりありがとうございます!

「面白かった」「続きが読みたい」と少しでも思われた方は、ぜひこの機会に

https://kakuyomu.jp/works/16816700428792237863/reviews/new

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