251話 森の神

「ええと、どういうことっすかね……」


 いきなり「話は聞かせてもらった! 人類は滅亡する!!」みたいなことを言われても困る。当然聞き返す俺に、森の神は耳のピアスをいじりながら小首をかしげた。


「んー、どこから話そうかなー。……ねーイズミっち、キミはリギト族村のエルフちゃんたちが倒したリザードマンって、どういう風に処理されてるか知ってるー?」


「それなら知ってますよ。川に流すんですよね」


 ちょうど今朝、それを目撃したばかりだ。ツクモガミで売っ払ったので未遂に終わったけどな。というかイズミっちと呼ばれるのか俺。


「おっ、知ってんだねー。話が早くてマジ助かる感謝~。それでさー、川を挟んで向こう側ってバジリスクがたくさんいたのに、川のこっち側にはまったくいないじゃん? アレってエルフちゃんたちが長年にわたってガチで駆除した成果なんだけど~、もちろんバジリスクもやっつけて使えそうな素材を剥いた後は川に流してたんよね、それで――」


「今さらなんですけど、それって大丈夫なんですか? 衛生的に考えて」


 気になったので口を挟んだ。そういう風習だとしても、俺の衛生観念的にはどうかと思わなくもない。長年続けているならなおさらだ。すると森の神はデコった爪を俺に向け、「それな」と言って話を続ける。


「魔物ってのは、身体に魔素が含まれているじゃん? 細かい説明は端折はしょるけど、とにかく魔素の影響でイズミっちが気にしているような問題は起こりにくいんだよね。……でもー、かと言ってすべてがきれいさっぱり消えるってわけでもないし、稀に魔素の影響で別の問題が起きたりもするんだなーコレが」


 おっと、なんだかキナくさい方向に話が進みだしたぞ? 森の神はため息を吐きながら、がっくりと肩を落とした。


「そうやって、川にポイしたバジリスクの死骸がさー、川から大河へと至ることもなく、枝葉のように分かれた細い川に流れに流れてー、とある小さな洞穴に行き着くことがたまーにあったの。そうして淀んだ洞穴の中に何度かバジリスクの死骸が送り込まれていって、それが積もりに積もって――バジリスクの毒素に汚染された魔素溜まりが発生しちゃったんだよね。はあー……」


 ため息まじりに呟きながら頭を抱える森の神。


 魔素溜まりか……。魔素があるから魔物は美味いみたいだし、最近は旨味成分くらいにしか思っていなかったんだけど、そういえばたしかに魔素が溜まった場所から魔物が生まれるなんて話を聞いたこともあった。森の神の説明は続く。


「魔素溜まりってー、生物を変質させることがあんのよ。でも毒素に汚染された魔素溜まりに、生物が近づくことはなかった……今まではね。それが最近になってその魔素溜まりにさ、雌リザードマンの死骸が流れ着いたんよ。あっ、雌だからリザードウーマン? まあいいや。とにかく彼女の身体の中で卵がまだ生きていたみたいで、卵は魔素溜まりの中で偶然にも産み落とされちゃった。そしてその劣悪な環境の中、奇跡的に孵化をして――」


 そこで森の神は一度まぶたを伏せると、手をぐっと握りしめながら顔を上げた。


「強大な力を持つリザードマン、リザードキングが生まれたってワケ。そうして強いボスに率いられたリザードマンの群れは、これまでの膠着こうちゃく状態から一転、エルフちゃんたちへの攻勢を強めようとしているみたい。その兆候はイズミっちも体験したんじゃね?」


「たしかに今日は朝から晩までいろいろとありましたけど」


 グルタタが「何かの前触れか?」とか言ってたっけか。てっきり勘違いだと思っていたんだけれど、そうではなかったらしい。


「それでね、これからは畑を荒らされた~なんて程度の、悠長なことにはならないっぽいんだよね。エルフちゃんたちは、これまで以上に苦労することになると思うんよ。……それでね?」


 そこで話を区切った森の神は、チラッチラッと俺を見て上目遣いをしながら口を開いた。


「お願いがあるんだけどー……って、あからさまにイヤそうな顔すんなしー。もー!」


「そりゃまあ、何を言われるかわかってますから……」


「なら話が早いね! お願いっ! リザードキングをやっつけてエルフちゃんたちを助けてあげて! このとーりっ!」


 パンッと手を叩いて拝むように頭を下げる森の神。神様に拝まれるってどういう状況だよと思いながらも、俺は言葉を返す。


「いいっすよ」


「そこをなんとかお願い!  おバカな子ほどかわいいっていうかー、あのエルフちゃんたちって見ていてぜんぜん飽きねーの! でもイズミっちに無理強いはできないし、あたしとしてはこうしてお願いするしかなくて……もちろんお礼も用意してるし――って、えっ? やってくれんの? マ?」


「やりますって。もちろんお礼も貰えるなら貰いますけど」


「わー! お礼あげる、超あげちゃうって! でも、こんなにあっさりやってくれるとは思わなくてビビった~。なんか聞いた話じゃーイズミっち、あんま働きたくない系じゃん? あたし勝手にシンパシーを感じちゃってたくらいだし」


「他にやってくれる人がいるならやりませんけどね。……もしかしていますか?」


「いないよー! わー、マジ嬉しい! ……あっ、ちょっとタンマ! 涙出てきた、恥ずっ!」


 森の神がデコった長い爪を器用に避けながら目元をこしこしとこする様子を見ながら、俺はため息をつく。


 そりゃあ俺だって無理やり働かされるのはゴメンだし、危険に首を突っ込みたくはない。でも俺はもうあの村の連中とは知らない仲じゃないし、こんな話を聞いといて何もやらないのはさすがに薄情すぎる。


 村から帰った後もいつかまた遊びに行くのもいいなと思っているしね。次に来たときに絶滅してたとか、寝覚めが悪いってレベルじゃないだろう。


 しばらく待っていると、ようやく涙が止まったのか森の神が顔を上げた。目元のメイクが涙でにじんでいるけれど、深くは追及するまい。


「おまたせー。……えへへ、これなーんだ?」


 森の神が差し出した手には……緑色の梅干しの種みたいなのが乗っていた。


「なにかの種ですか?」


「そっそ。これがお礼ね、先払いするよん。ほらほら飲んでみ? グイッと」


「えっ、この緑の種を? なんか普通に気持ち悪いんすけど……」


「ちょっ、気持ち悪いってマジ傷つくじゃん!? この種にはねー、あたしの神力がマシマシで込められてっから! これを飲むとあたしの加護をキミに与えることができんの。だからね、ほら、一気に飲んじゃって! ……あっ、コールとかいる?」


 ぐいぐいと俺の頬に種を押し付ける森の神。種が尖っていて普通に痛いんだが? 仕方ないので俺は種をつかみ取り――ええい、男は度胸よ! と、一気に飲み込んでやった。


「ワー! パチパチ!」


 ニッコニコで拍手を送る森の神を、俺はジトっと見つめる。


「なんか苦っ……。これ、具体的にどういう加護が得られるんですか?」


「あたしは生命を司る系の神だからねー。キミはとにかく死ににくくなったんじゃないかなー。人は死んだら終わりだからね、きっと役に立つ系? まーそのうち体感できるっしょ。あっ、スキルポイントもちょびっと使わせてもらったけど大丈夫よね?」


「あー、それは別にいいですけど……」


 かなり余っていたはずだし、問題ないだろう。


「りょ! それからね、加護の影響でキミにスキルが生えてるかも。ここじゃツクモガミが見れないだろうから、後で確認ヨロ~☆」


 死ににくくなって、スキルも生えてるってか。これからやっかいな用事もあることだし、それはありがたいことだけど……。


「はあ、とりあえずお願いの方はわかりました。それで、そのリザードキングとやらはどこにいるんですか?」


「マジありがとね。場所は――」


 どうやらリザードキングとやらは、生まれた洞穴を根城にしているらしい。場所的に毒まみれらしいのだが、俺には【毒無効】のスキルがあるのでひと安心だ。


 ひと通りの説明が終わると、森の神は再び俺に手を差し出した。手のひらには俺が飲み込んだ物よりひと回りほど小さな種が乗っている。


「キミには毒無効のスキルがあるみたいだけど、物品の――ヤクモっちにはないっしょ? だから一時的に毒から身を守れる神薬をあげる。どーせあの子、なんもやれなくてもついて行きたがるだろーし」


 森の神はやれやれといった風に肩をすくめる。


「まあそうっすね。絶対に付いてくるかと」


「だよねー。……ほんと、仕事は手を抜けるところは抜くことを覚えなーってずっと言ってたんだけど、クソ真面目っつーかなんつーか……。でも、キミに同行するようになって、アレでもずいぶんマシになってきたみたいなんだよねー」


「へえ、そうなんですか」


「そっそ。だからまあ……これからもヤクモっちのこと見てあげてね。……あーそれから、あの子はあたしのこと嫌いっぽいから、今のハナシは絶対言わないでよ? 普通に恥ずいし」


 そういや技能の神ともあまり仲が良さそうには見えなかったし、そもそもヤクモと仲のいい神様っているのだろうか。そんなことを考えていると、森の神は突然パンッと両手を叩いた。


「うしっ、ハナシは終わりっ! それじゃ後はてきとーにヨロシク~☆」


 にっこりと笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振る森の神。すると俺の意識がどんどん遠のいていき――

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