252話 ピカピカテカテカ

「……フゴッ!」


 突然エレベーターが垂直落下したような――そんな気持ち悪い感覚に、体をビクッと跳ね上げながら俺は目覚めた。


 汗びっしょりの額を拭おうとして、俺は手の中に小さな種がひとつ握られていることに気づく。どうやら森の神ギャルとの面会は夢ではなかったらしい……って夢と言えば夢なんだけどな。


 たしか夢見とか言ってたっけか。あまり眠れた気はしないし、寝覚めも良くない。できればもう二度とお呼ばれされたくはないもんだよ。


 明かり取りの窓からは、薄明かりが差し込んでいるのが見えた。どうやら時刻はまだ早朝らしい。俺の足元では狐姿のヤクモが丸まってくうくうと寝息を立てている。


「さてと……」


 俺はベッドから体を起こし、ツクモガミを起動させた。森の神は俺にスキルが生えているかもって言っていたからな。まずはそいつをチェックしてみよう。


習得スキル一覧

《戦闘スキル》


【棒術】【剣術】【短剣術】【大剣術】【斧術】【槍術】【格闘術】【投てき術】【サイドワインダー】【弓術】【イーグルショット】


《魔法スキル》


【ヒール+1】【キュア+1】【クリーン】【アクア】【ウィンドカッター】【マジックミサイル】【ファイアボール】【警戒結界】【フロート】【アイスアロー】【ライト】【グロウ】


《特殊スキル》


【剛力】【俊足】【跳躍】【回避+1】【騎乗】【縄抜け】【夜目】【壁抜け+1】【粘り腰】【指圧】【釣り】【遠目】【解体】【料理+1】【裁縫】【掃除】【洗濯】【木登り】【軽業】【歌唱】【踊り】【山菜採り】【薬師】【聴覚強化】【危険感知】【気配感知】【空間感知】【罠感知】【気配遮断】【魔力視】【空間収納】【MP回復量上昇+1】【火耐性】【毒耐性】【毒無効】


《加護》


☆NEW☆→【♡♡♡森の神の加護♡♡♡】←☆NEW☆



「うげえっ、なんじゃこりゃ……」


 たくさんのスキルの中から見慣れないスキルを探そうとして、一番下のド派手な文字に目が引き寄せられた。


 ☆NEW☆→【♡♡♡森の神の加護♡♡♡】←☆NEW☆ かあ……。森の神が言っていた、俺が夢の中で種を飲んだことで授かった加護というのはコレのことなんだろう。


 っていうか矢印やらハートやらでデコられている上に、文字がレインボーにキラキラと輝いていて大変目に優しくない。正直これはカンベンしてほしい。


 しかも昨夜の宴会で一気に5000☆くらいまで増えていたスキルポイントが4000☆ほどに減っている。どうやら1000☆ほど使われたらしい。


 森の神の言っていた「ちょびっと」にしては多くね? と思わなくもないけれど、まあポイントも増えすぎて持て余していたしな、問題はないだろう。


 ちなみに普段なら備わったスキルを頭に思い浮かべると、どういうスキルなのかをなんとなく感じ取れるのだが、加護についてはよくわからない。死ににくくなったという森の神の言葉を信じるしかなさそうだ。1000☆分の効果を期待したいところだね。


 俺はピカピカとド派手な文字列から目をそらし、スキル一覧のチェックを再開。


 やがて【グロウ】という魔法スキルが追加されているのを発見した。これが新しく生えたスキルのようだ。まずは【グロウ】の文字をタップしてみる。


《成長を促す魔法スキル》


 ピッという電子音と共に、やけにシンプルな説明文が現れた。もしかするとヤクモが寝ているせいかもしれない。しかし頭の中で【グロウ】を思い浮かべると、すぐに内容は理解できた。


 さっそく俺は部屋の隅に置かれた観葉植物にグロウを唱えてみる。


「――グロウ」


 すると俺の魔法を受けた観葉植物は、まるで動画の早送りのようにニョキニョキと茎を伸ばしていき、やがて小さな蕾が膨らみ始めたかと思うと、あっという間に白い花を咲かせた。


 このように【グロウ】には、生物の成長を促す効果があるらしい。使い方次第で色々と便利な魔法のようだ。また時間の空いたときにでも試してみよう。


 それから勝手に植物を成長させてしまったことは、後でママリスに謝っておかないとなー……。


 そんなことを考えていると、ヤクモがむくりと体を起こした。


「むにゃ……。なんじゃいイズミ。お前にしては起きるのが早いではないか」


「ああ、ちょっとお前のお仲間に会ってきたんでな」


「……なぬっ、それはどういうことじゃ?」


 俺の言葉に寝ぼけまなこだったヤクモが目を見開く。どうやら森の神の接近には気がつかなかったらしい。俺はかくかくしかじかとヤクモに説明をした。



 ――ヤクモはいつの間にか人型に戻り、腕を組んでむむむと唸る。


「むむむむっ、森の神か! 面倒くさがり屋のあやつがわざわざお前にお願いにくるとは、意外と言えば意外じゃのう」


「この村のエルフがお気に入りらしいよ」


「ほーん、そうなのかー? あやつは仕事をサボってばかりのものぐさ神じゃし、普段はなにをやっとるか見当もつかないような神なんじゃが、そんな一面もあったんじゃのう」


「ものぐさ神ね……。そういや本人も俺とは気が合いそうとは言っていたな」


 俺の言葉にヤクモは片眉を吊り上げる。


「むむっ、あやつに気を許すのは止めておいたほうがいいぞい! 森の神はなー、ワシの代わりなんかいくらでもいるのじゃから休めだの、ワシの働きなどたかがしれてるのじゃからサボれだの、ワシを無能呼ばわりする嫌味なヤツなんじゃ!」


 ベッドの上で地団駄を踏み、怒りをあらわにするヤクモ。なんだかヤクモと森の神との間で気持ちのすれ違いがありそうだが……。


 まあいいか。森の神も言うなって言ってたし、ややこしそうな神様同士の交友関係に俺は踏み込んだりはしないぞ。そのうちなんとかなるだろう、きっと。


 そう思いながら俺が生暖かく見守っていると、ぴょんぴょんとベッドの上で飛び跳ねていたヤクモが突然宙に目を向けた。


「ぶわー! なんじゃこりゃ! あやつめ、こんな美しくないソースコードで書きよってからに! こんなのものは……こうして……こうやって……こうじゃっ!」


 ぷんすかと怒りながらヤクモがぶんぶんと腕を振るう。するとさっきまでテカテカと輝いていた、☆NEW☆→【♡♡♡森の神の加護♡♡♡】←☆NEW☆が――


【森の神の加護】


 と、シンプルで眩しくないものに変更された。あの自己主張の強いキラキラ文字を視界に入れるのはキツかったのでありがたい。


 そして少し仕事をしたことでスッキリしたのか、ヤクモが落ち着いた様子で俺に尋ねる。


「ふうっ……。それでイズミや。お前はそのリザードキングとやらを倒すのか?」


「ああ、まあ成り行き上な」


「ふむ。森の神は好かんが、エルフの民に罪はないからのう。善きことを行うのは良いことじゃ、頑張るがよい。なあにツクモガミは無敵じゃわい! 森の加護の力なんぞ借りなくとも余裕じゃて! わーっはっはっは!」


 胸を張って高笑いするヤクモ。相変わらずツクモガミの性能には自信満々らしい。もちろん俺も頼りにしてるけど。


「はいよ。それじゃあ……とりあえず朝食でも食べに行くか」


【聴覚強化】では、ママリスが朝食の準備をしているような音が聞こえる。いつの間にか、普段ならララルナが起こしに来るような頃合いだ。


 昨夜はいろいろあったし、今朝はララルナもこないのだろう。ヤクモがウッと腹を押さえながら狐姿に戻る。


「ワシはまだ昨夜のメシが腹に残っておるからミルクだけでいい……」


「はいはいっと」


 さっきまでの元気はどこへやら、ぐったりと首を下げるヤクモを伴い、俺は食堂へと向かった。



 ◇◇◇



 食堂にいたのはママリスとモブググの二人。やはり今朝はララルナはこなかったらしい。


 ママリスから昨夜の宴会の話や、モブググからリザードマン襲撃後の後始末の愚痴を聞いたりしながら朝食を楽しむ。


 リザードキングの話には一切触れなかった。今回のリザードキングの討伐を、俺は誰にも言わずにこっそりと行うつもりだ。血気盛んなこの村の連中に知られれば、きっとついてくるだろうからな。


 俺は集団戦闘に慣れていないし、大事おおごとになればそれなりに犠牲も増えてしまうかもしれない。それなら一人でやったほうが気が楽だしやりやすい。なにより森の神も俺ならやれると思ったから頼んだのだろうしな。



 今朝も美味しいミルクをいただき、俺はヤクモと一緒にママリス屋敷を後にした。さて、腹ごしらえも済んだところで、いよいよリザードキングの根城に向かうわけだが――


「おうっイズミ! 昨日は大活躍だったな!」


 近所のエルフに声をかけられた。


「ああ、みんなに怪我がなくてよかったよ」


「ははっ、なんだよ殊勝なことを言いやがって。強い男はもっと偉ぶったっていいんだぞ? お前はむさい男連中に囲まれて飲んでいたから知らないだろうが、あの襲撃の後、村の娘連中はお前の話題で持ち切りだったからな。気に入った娘がいるなら、声をかけてみたらどうだ?」


「えっ、マジで!?」


 エルフの村だけに、この村の女性は美女だらけだが、俺は彼女たちには珍獣でも見るような目で見られていたからな。例外はララルナとママリスだけだ。近所エルフはニマニマ笑いながら頷く。


「ああ。この村の女はみな情が深く、一度恋に落ちれば男を裏切ったりはしない。この村に執着もあるのでここから離れたがらないだろうが、この村が素晴らしいのは知っているだろう? 気に入った女と夫婦になって、ここで死ぬまでのんびりと暮せばいいさ」


「おっ、おう……」


 いきなりテンションが下がってしまった。たしかにいい村なのは知っているけれど、死ぬまでこの村というのは重すぎる。どうやらモテ期は泣く泣く諦めなければならないらしい。


 俺は愛想笑いを浮かべながら近所エルフから離れようとした。別れ際に近所エルフが口を開く。


「そういえば今日は姫様と一緒じゃないんだな。喧嘩でもしたのか?」


「いや、喧嘩なんかしてないけど……」


「そうか。お前がこの村に来てからずっとべったりだったろう? 今朝は珍しくひとりで西門の方へ歩いていたからな。まあ仲違いじゃないならよかったよ。それじゃまたな」


 近所エルフが軽く手を振って立ち去った。その背中を見ながら俺は首をひねる。


 ……ララルナが西門か……。昨日の騒ぎもあった中、まさか護衛もつけずに外に行くなんてことはないと思いたいが……。ふと、ララルナが俺への餞別にどんぐりを贈ると言っていたことを思い出した。


 西門はちょうどリザードキングの根城のある方角だ。まあついでにララルナが外出していないか、確認するのもいいだろう。


 俺はなんとなく嫌な予感を覚えながら、足早に西門へと向かった。

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