253話 ララルナの冒険

「さささっ……!」


 私は門番のゲトビビがよそ見した隙に門を抜けると、木の陰に隠れてそーっと後ろを振り返った。……ん、ゲトビビは私に気づいてないみたい。ふっふ、まだまだ修行が足りないね。


 門から出た後は物見台に見つからないように、木の陰から木の陰へと飛び移るように移動する。ここが一番の難関。物見の人はみんな目がいい。


 でも私だって負けてない。私はリギラ族村村長、リギトトの一人娘ララルナ。足の速さは父様ゆずり。……魔法の方が得意だけどね。そこは死んだ母様に似たらしい。


 とにかく私は物見の一瞬の隙を突いてビュッと移動、物陰にササッと潜り込む。そうやって少しずつ離れていって物見台が見えなくなった頃、ようやくふうーっと長い息を吐いた。


 今までも護衛を付けずにこっそり一人で村の外に出歩くことはあったけど、今日だけは失敗するわけにはいかなかったからね。ん、これでひと安心。


 これからイズミのおみやげを取りに行くのだ。護衛を付けると絶対に止められる。今日は遠出するつもりだから。


 もちろん、どんぐりだけなら近くの森にもいっぱい落ちている。だけどイズミはどんぐりがそれほど好きじゃない。本人は隠してるつもりっぽいけど、結構顔に出てるからね、すぐわかる。


 ……それでも、にこりと笑ってありがとうって言って貰ってくれるから、私はそれが嬉しかったりする。むひひ。


 そんなイズミにもっと、もっと私の感謝を届けたい。


 川でおぼれた私を助けてくれたこと、かわいい靴をくれたこと、おいしいごちそうを食べさせてくれたこと、村に誘ったら牢屋に入れられたのに私を許してくれたこと――どんぐりだけじゃ足りない。


 そこで私は昨日の夜ベッドの上で、どうやったらイズミが本当に喜んでくれるのか、寝る間も惜しんで考えた。すごく考えた。そして私はイズミは事あるごとにフナッチャが食べたいなと言っていたことを思い出した。


 普段ならフナッチャはこの時期には食べられない料理。なぜならフナッチャの材料――フナ芋は、リザードマンがうろうろしてる湿地帯に近い、べちゃべちゃした土のところに生えている。リザードマンが活発なこの時期には掘りにいけない。


 でも、昨日はリザードマンがわんさかやってきて、イズミが全部倒してくれた。あれだけ倒してくれたのなら、リザードマンもしばらくはおとなしいと思う。つまり今ならフナ芋も取り放題。


 食べたい食べたいとずっと言ってたフナッチャを食べさせてあげれば、イズミはきっと喜ぶ。イズミが喜ぶと私も嬉しい。昨日の夜はイズミの喜んだ顔を想像していたら、いつの間にか寝ちゃってた。もう少し考えたいこともあったのに残念。


 とにかくそういうわけで、私はひたすら西に向かって歩く。もちろんついでにどんぐりも拾いながら。


 最近は行っていないから、きっと大きくてツヤツヤしたのがたくさんあるはず。どんぐりがあんまり好きくないイズミに、どんぐりの素晴らしさを伝えるのも私の大事な役目だからね。


 私は素敵などんぐりを見逃さないように注意深く地面を見つめながら、フナ芋の群生地に向かってゆっくりと歩いた。



 ◇◇◇



 スカートのポッケがどんぐりで一杯になった頃、目的地に到着した。ここまで一匹もリザードマンには遭遇しなかった。予想通りだね。


 私はイズミがくれたお気に入りの靴を汚さないように、ぐちゃぐちゃに湿った地面をそろりそろりと歩きながらフナ芋を探す。


「ん、あれかな?」


 しばらく進むと、木に巻き付いているにょろっと長くて白いつるを見つけた。私は持ってきたスコップでその蔓の根本の周りを丁寧に掘っていく。


 するとすぐに蔓の下から真っ白い芋が顔を出した。思ったとおりフナ芋だ。


 私はそのまま慎重に掘り進めて、フナ芋をぎゅっと両手で掴む。そしてまっすぐ上にそーっと引っ張ると、柔らかい土の中からずるずると引き抜かれ、あっという間に私の腕くらいの長さのフナ芋が一本取れた。


 むふん、傷ひとつない見事な一品。これだけあれば四食分くらいにはなる。でもイズミは料理ができるから、おみやげにたくさん持たせてあげたいな。私はすぐに二本目を探すことにした。


 ――すると突然背後から、ガサッという音が聞こえた。


 もしかしてリザードマン? ……でもまあ、それは想定内。そもそもリザードマンはアイスアローで簡単に倒せるからね。私の敵ではない、ふっふっふ。


 私はフナ芋を鞄の中に入れると、音のしたほうをじいっと見つめた。


 木々がびっしりと生い茂って薄暗いところ。少しずつ近づいてくる人影が見えた。


 そうして藪の中から現れたのは――


 三匹のリザードマンだ。……でも、なんか違う? 真ん中のリザードマンは頭に角が二本ついてるし、他のよりも頭ふたつ分くらい大きい。


 ……まあいっか。私のアイスアローを食らうがいい。私は手を上にあげて、アイスアロー出てきてくださいと念じる。


 身体の中の魔力がぐるぐると回りながら引き抜かれて、一本、そして二本、アイスアローが私の頭の上にぷかりと浮かんだ。……なんだか変なヤツなのでもう二本を作っておこう。


 そうして私は四本のアイスアローを、こっちを見ながらゆっくり歩いてくる角の生えたリザードマンに撃ち込んだ。


「ギャギャッ!」


 角リザードマンはまるで笑ったかのように口を上に曲げたかと思うと、持っていた槍をくるくるっと回した。すると――


 パキンと軽い音がして、四本のアイスアローがすべて撃ち落とされた。えっ、そんなことできるリザードマン見たことないよ……?


 これはおかしい。このリザードマン、リザードマンだけどリザードマンじゃない。私はママが「森で見たことない魔物に出会ったらすぐに逃げなさい」と言っていたことを思い出した。これは逃げるべき。


 靴が汚れるけど仕方ない。角リザードマンとはまだ距離は離れてる。私はくるっと後ろを向いて、一目散に駆け出した。


「――うぐっ!」


 背中にドンッと衝撃が走った、痛い。振り返って足元を見ると、角リザードマンの持っていた太い槍が落ちている。


 私に槍を投げつけたらしい。槍のお尻の方だったのでまだマシだったのかな。でも息が詰まる、苦しい。私はがくりと膝をついた。


「ギャギャギャギャギャッ!」

「ギャギ」「ギャギャ」


 私を指差しながら笑う角リザードマンと、それに合わせて笑うお供の声。身体に力が入らなくなって、私はべちゃりと地面に頬をつけた。


「ギャッギャッギャッギャギャー!」

「ギャッギャ!」「ギャギャ!」


 さらに大きな笑い声を上げるリザードマン。――うるさい、くやしい、でも起き上がれない。リザードマンの笑い声を聞きながら、私の意識は少しずつ薄れていった。

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