254話 ララルナの靴とイズミの靴
西門を通った俺は、西にあるというリザードマンの根城を目指してひたすら歩いている。ここまでは見慣れた森の風景が続くだけで、ララルナの姿はどこにもない。
もちろん西門の門番にも聞いてみたけど、ララルナは通っていないとのことだった。とはいえ、ララルナが川で溺れたときもこっそり一人で出かけたって言ってたからなあ……。不安は消えないままだよ。
まあ俺の思い過ごしなら問題ないし、出かけたのだとしても一番危ないのはリザードマンの根城のある西の方角だろう。俺はこのままララルナを探しつつ、目的地の根城へ向かえばいいのだ。
「のう、イズミ。地面がべちゃべちゃになってきたのじゃ。そろそろ首に巻きついてええかの?」
狐姿のヤクモが足の裏を見ながら顔をしかめている。湿地帯ほどではないけれど、いつの間にか雨が降った翌日程度には地面がぬかるんでいた。俺はヤクモの胴をひょいっと持ち上げてやる。
「足をちゃんと洗ってからな。……そういや森の神から貰った種はどうだよ。体調がおかしくなったりしていないか?」
アクアで水を出し、ヤクモの足の泥をじゃばじゃばと洗い流しながら尋ねる。西門から出る前に、例の毒がしばらく効かなくなる種をヤクモに飲ませてやったんだが、あまりの苦さに吐き出しそうになっていたからなコイツ。
ヤクモはまさに苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「うげげっ、思い出しただけでも気持ち悪いのじゃ……。ワシ、あれほど不味い物は現世に降臨して初めて食ったわい。じゃが、まぁ……
そう言ってヤクモが俺の首に巻きつく。この気候でこのふわふわマフラーは相変わらず暑苦しい。
「あの神様にもまともな時期があったんだよなあ。あのギャルファッションを見た後だと、まったく想像できない――おっ?」
話しながら歩いていると、丈の短い草に混じって泥だらけのなにかが地面に転がっているのを見つけた。これは――
俺がララルナにあげた緑色の木製サンダルだ。大して高い物じゃなかったけれど、ララルナはたまに足元を見てニヨニヨと口元を綻ばせる程度にはこの靴を気に入っていたはず。
それがこんなところで片方だけ残されているのはおかしい。俺はサンダルを拾いながら辺りを見回す。近くにはなにかを掘った跡や、複数の足跡も残されていた。
「コレって誰がどうみても、何か事件に巻き込まれてるよなあ。……もしかしてララルナのやつ、リザードマン……いや、リザードキングにさらわれたのか……?」
ここから根城は近い。ララルナはリザードマンくらいなら簡単に追い返せるだろうし、ここにララルナの姿がないのなら、リザードキングにさらわれた可能性が高い。
「むむっ、そうかもしれん! リザードマンの上位種となれば知能も高いはずじゃし、エルフ族には恨みつらみもあるはずじゃ。さらわれた後、姫様がどうなるかわかったもんじゃないぞい。イズミよ、根城に急ぐのじゃ!」
ヤクモが俺を急かすようにしっぽを目の前でブンブンと振った。
「マジか……。くっそ、ヤクモしっかり掴まっとけよ!」
ここで殺されたということはなさそうだが、最悪の事態が近いのは間違いない。
俺は焦る気持ちを抑えつつヤクモが落ちないように首元にしっかり巻きつけると、リザードマンの根城へ向かって全速力で駆け出した。
◇◇◇
しばらく走るとリザードマンの根城が見えてきた。俺は額の汗を拭い息を整えながら、岩陰から根城を覗き見る。
大きな洞窟があり、そこに向かって小さな川が流れ込んでいる。前の世界で社員旅行中に見学した鍾乳洞の入り口がこんな感じだったな。
前の世界と違うのは、入り口に立っているのがカメラを構えた観光客ではなく、槍を持ったリザードマンだというところか。
「ララルナが捕まっていなきゃ、外からイーグルショットをぶっ放して一件落着だったんだけどなあ……」
俺のつぶやきに、首元のヤクモがしっぽで俺の背中をパシンと打った。
「アホウ。姫様が捕まってなかったとしても、リザードキングとやらを倒したのか逃したのか、わからん状態なのはいかんぞ。やるなら確実に倒し、この目で死体をしかと確認するのじゃ。持続可能な安全管理には、確固たるエビデンスが必要不可欠なのじゃからな」
「はあ、エビデンスがなんかは知らんけど、まあ言いたいことはわかったよ」
たしかに脅威の存在が生死不明なのはスッキリしないし、万が一逃していたら討伐に来た意味もない。どのみち俺はリザードキングが待ち構える根城の中に入らないといけなかったわけだ。
思わずがっくりと肩を落とすが、ヤクモと話しているうちにようやく呼吸と気持ちが落ち着いてきた気がする。
俺はもう一度だけ深呼吸をして、改めて洞窟の入り口を観察した。門番のリザードマンは一匹だけ。
この位置から【空間感知】を使っても洞窟の奥深くまでは見通せないが、思っていたよりもずいぶんリザードマンの数が少なく感じる。もしかしたら昨夜のイーグルショットで結構な数の戦力を削れたのかもしれない。
とにかく見張りが一匹だけなら楽勝だ。俺は地面に転がっていた石ころを掴むと、それをポイッと門番の方に投げる――が、石ころが変に指にひっかかり明後日の方角に飛んでいってしまった。
「やべっ、『サイドワインダー』!」
俺は慌ててスキル【サイドワインダー】を念じる。狙った場所に当たるように自動追尾するスキルだ。
すると石ころの軌道が突然くいっと曲がり、俺が想定していた洞窟入り口の上の方の岩肌に当たってコンと軽い音を立てた。
突然の物音にリザードマンが真上を向き――その無防備な喉元に、俺の矢が吸い込まれるように刺さったのだった。
「うし、作戦成功」
「なんか焦っとったような気がするんじゃが、気のせいか?」
「……き、気のせいだろ? それよりホレ、行くぞ」
首元からじろりと俺を覗き込むヤクモをごまかしつつ、洞窟の入り口へと近づく。門番の死体をストレージに片付けながら周辺を確認するが、やはりこの近くに他のリザードマンはいないようだ。
そっと洞窟の中を覗き込むと、ひんやりとした空気が頬に触れた。
薄暗い洞窟内、足元や壁はゴツゴツとした岩肌だ。その上しっとりと濡れているのであまりいい足場とは言えない。……よし、そういうことなら――
俺はツクモガミで靴を検索することにした。それを見てヤクモがいぶかしげな声を上げる。
「フロートがあるじゃろ? アレで浮けば足元を気にせんでよかろ?」
「いや、フロートなら走るくらいはできるけど、微妙にふわふわするから足が踏ん張れないんだよ。弓くらいならともかく、洞窟の中で弓ばっかり使うわけにはいかないだろ? ……っと、あったあった」
目的の物があったので話を切り上げる。俺が探していた物はスパイクシューズ。磯釣りなんかで使われている、足裏にゴムの凹凸とピンスパイクがついた滑りにくい靴だ。
商品説明欄にはスパイクシューズの写真だけではなく、なぜかサングラスをかけた真っ黒に日焼けしたヒゲのおっさんが釣り竿を片手に笑顔を浮かべている写真もあった。
たまに自己主張が強いアカウントがあるよな。アウトドアおじさんなんかもそうだ。そしてそういう人ほどいい商品を売ってる傾向があるように思える。自分が売る商品に自信があるのだろう。
アカウント欄には【さすらいの釣り人・鈴木
即時に届いた箱を開けて、中から黒くてゴツいスパイクシューズを取り出す。普通のシューズよりもずっしり重い。
そしてどういうわけか箱の中には、ヒゲグラサンのおっさんをデフォルメしたようなキャラがサムズアップしているステッカーが一枚入っていた。もしかしてこの鈴木爆釣王の自作ステッカーだろうか。まあこちらは華麗にスルーだ。
俺は購入したスパイクシューズをさっそく履いてみる。サイズはピッタリで履き心地はなかなか良い。これなら濡れた岩場でも踏ん張れそうだ。
ちなみに長靴のようなブーツ型のスパイクブーツもあったのだが、今回俺はシューズ型を選んだ。理由はこっちの方が動きやすいし、なによりかっこいいからだよ。
俺はスパイクシューズを馴染ませるように小さく何度か飛び跳ねると、そのままの勢いで洞窟の中へと足を踏み入れた。
――後書き――
昨日は「異世界で妹天使となにかする。」コミカライズ版の最新話も更新されました。こちらも読んでくれると嬉しいです!
https://to-corona-ex.com/comics/20000000050124
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