255話 リザードキングの城

 さらさらと流れる川の音を聞きながら、俺は洞窟の中を進んでいく。


 この洞窟がリザードキングの生家であり、毒の魔素溜まりがあるという話だったが、今のところは毒の影響は感じられない。


 まあそんなに毒だらけの場所ならリザードキングはともかく配下のリザードマンは住めないだろうし、おそらく毒の魔素溜まりはこの通路と並走するように流れている川の終着点にあるのだろう。


 洞窟の天井までは二階建ての家くらい、幅は道路の三車線くらいだろうか。思っていたよりもずっと広く、どこからか冷たい風が吹き抜けていくので少し肌寒い。……首だけはマフラーのお陰で暑苦しいけど。


 洞窟の壁面には、何かの動物の骨で作った容器に油を入れた粗末なランプが一定間隔で設置されており、【夜目】のスキルに頼るまでもなく辺りの様子くらいは窺えた。


 とはいえ通路は時折、右へ左へと曲がりくねっているので、あまり遠くまでは見通せない。やっぱりここで弓は使いづらいだろうな。


 しばらく歩いていると川は脇道へと逸れていき、地面はしっとりと濡れた岩盤だけとなった。通路の側面にはたまに脇道もあり、そこからも細い道が続いているのが見える。


【空間感知】であちこちに人っぽい存在を感じることができてはいるんだけれど、それが何者なのかまではわからないんだよな。ララルナ、そしてリザードキングは一体どこにいるのだろうか――


 俺はとりあえず、今歩いている幅の広い道をひたすら奥まで歩くことに決めた。古今東西、偉いヤツは最上階やら最下層やら、とにかく最奥にいると相場が決まっているからな。


 ちなみに俺には【空間感知】があるというのに、さっきから首元のヤクモはどこから敵がくるのかと、ひたすら首をせわしなくキョロキョロと動かしている。若干ウザい。


「なあヤクモ。【空間感知】があるんだしさ、お前がそこまで周囲を警戒する必要なんてないんだからな?」


 俺が話しかけても、ヤクモは止まることなく視線をあちこちに向けながら答える。


「そうは言うがな、お前はたまにやらかすからのう。セキュリティ上の脅威には多層防御によるアプローチが有効なのじゃ。つまりワシという最終防壁が機能してこそ――ひょええっ!」


 天井から落ちてきた水滴が頭に当たり、首を引っ込めるヤクモ。今回も意気込みだけは立派だが、ビビりが改善されたわけではなさそうだ。


 しかしまあ……俺もやらかさないのかと問われれば、心当たりがないこともない。


 なのでヤクモにやる気があるなら、好きにやらせておこう――と思ったところで、【空間感知】がこちらに近づいてくる人型の存在を捉えた。俺は念話でヤクモに声をかける。


『何か来たぞ』


『ひえっ、任せたのじゃ!』


 ヤクモがくるんと首元で丸まるのを確認し、俺はその場でフロートを唱えて静かに浮かび上がった。


 ――そのまま天井付近にびったりと張り付きながら様子を窺っていると、横穴から一匹のリザードマンが歩いてきた。急いでどこかに向かう途中なのだろうか、早歩きで俺のいる方へと向かってくる。


 地下水がれているのだろう、冷たい水滴が俺の背中に何度か落ちてくるが、俺は息を潜めてリザードマンが近づいてくるのを待つ。


 やがて俺に気がつかないまま、真下にやってきたリザードマンの頭に向かって――俺は手斧をぶん投げた。


「グギャッ!」


 ひと鳴きしたリザードマンは、そのまま地面に崩れ落ちる。俺はすぐさま地面に降り立ち、頭にぐっさりと刺さった手斧を回収すると、リザードマンをストレージに収納した。


「鱗や骨が硬そうだと思ったんだけど、この手斧なら余裕っぽいな。さすがはドイツ製だぜ」


 少し前にバジリスクと戦ったときにお気に入りの手斧はぶん投げて無くしてしまった。これは今回リザードキングの根城に向かうにあたり、新しく購入したものだ。


 ゴールドにも余裕があるので、いくつか余分に買ってある。他には投げナイフの準備もしてあるので、弓矢を使わなくても離れて戦うことはできると思う。槍を振り回す魔物相手に、なるべくなら近づきたくはないからな。


 リザードマンとの戦いに手応えを感じつつ、俺はさらに奥へと進んだ。



 ◇◇◇



 何度かリザードマンに遭遇し、手斧とナイフで倒しながら奥へ奥へと進んでいく。


 手斧に比べるとナイフの方は威力に不安を感じていたのだが、こちらもスキル【短剣術】【投てき】【剛力】等の相乗効果だろうか、気持ちいいくらいにグッサリとリザードマンの鱗を突き破ってくれた。


 元々はレストランで使われていたナイフフォークセットの払い下げだというのに、心強いことこの上ない。これなら手斧は奥の手として隠しておくのも良さそうだ。


 ちなみにリザードマンを倒していくうちに、気になることがひとつあった。


 俺と鉢合わせたリザードマンは、誰も彼もが俺と同じ進行方向へと向かっていくのだ。もしかするとこの先にリザードマンの集合場所があるのかもしれない。


 そうしてある種の期待を抱いて更に足を進めた俺は、ついに【空間感知】で大勢の人型の存在を捉えた。


 連中は移動することなく、広い場所に留まっているのがわかる。どうやらそこが俺が倒したリザードマンたちの目的地であることに間違いなさそうだ。そしてそんな広間にリザードマンを集める者といえば――


 俺は駆け出したくなる気持ちを抑えながら、そろそろと通路を歩いていく。すると俺の耳にコンコンとなにかをリズミカルに叩き鳴らす音が届いてきた。


 その奇妙なリズムに耳を傾けつつ、そのまま道なりに進んでいくと曲がり角が見えてきた。その向こう側からはこれまでのボロいランプの明かりとは違う、眩しいほどの光が漏れている。


 俺は足を忍ばせながら近づき、曲がり角からそっと首を出して覗き見ると――そこにはちょっとした体育館ほどの空洞が広がっていた。


 その天井には大きな切れ目が走っており、そこからは太陽の光がまばゆいばかりに注ぎ込まれ、濡れた岩盤をてらてらと輝かせていた。


 そんなどこか神秘的にも見えるフロアでは、十匹以上のリザードマンが頭を垂れてひれ伏している。そしてその連中の前には、ひときわ大きなリザードマンが動物の頭蓋骨を太鼓に見立ててコンコンと叩いている姿があった。


 角の生えたデカいリザードマン。森の神の言っていた特徴に一致する。どうやらあれがリザードキングのようだ。


 そしてさらに奥の高台には、両手を縛られて吊るされているララルナがいた。ララルナはぐったりとしながらも意識があるのか、眼下で骨を叩くリザードキングをおぼろげな瞳で見つめている。


 森の神は、毒の魔素溜まりで生まれたリザードキングは毒を自在に扱えるだろうと言っていた。ララルナは何かの毒で衰弱させられているのかもしれない。


 だが、とりあえず生きていてさえくれれば、ヒールとキュアでなんとかなるだろう。見たところ五体満足のようだし。


 俺は少しだけホッとしながら、ヤクモに尋ねる。


『なあヤクモ。あいつら何をやってるんだ?』


『おそらく、自分の信じる神に生贄を捧げる儀式じゃな。……魔物を見守る神なぞおらぬというのに、少し哀れに思うがのう』


『魔物の神っていないのか?』


『おるわけなかろ。この世界を管理するのは我ら神族しかおらぬ。自然や大地、人の営みの中で魔力が消費され、いずれ循環する。じゃが、稀に循環から取り残された魔力の残滓は、どんどん濁り淀み固まっていく――お前のおった世界でいう、生活排水とか産業廃棄物に近いものじゃろうかのう。そういった魔素の濁りにより生み出されたもの……それが魔物なのじゃ』


 どこか哀れみを含んだ瞳をリザードマンたちに向けているヤクモ。だが軽く首を振ると、さらに言葉を続けた。


『魔素の濁りはこの世の秩序の乱れに通じる。世界を管理する者としては捨て置けん。……ほれ、イズミよ! さっさとリザードキングを倒し、そして姫様を助けてだしてやるのじゃ!』


 檄を飛ばすように、ヤクモが尻尾で俺の背中をペチンと叩く。


『ああ、そうだ……な?』


 尻尾が水滴で濡れていたのか、そのペチンという音が妙に大きく鳴り響いていた。


 そしてひれ伏していたリザードマンたちが、一斉に俺たちの方へぐるんと首を向けている。……あ、コレ、完全に見つかってますね。


『おいっ! どうすんだよ、これ!』


『すまん、本当にすまんのじゃーーーーーー!!』


 ヤクモが念話で泣き叫ぶが、もうどうしようもない。ああークッソ! こうなりゃせめて先手必勝だ!


 俺はすぐさまナイフを両手に掴むと、うじゃうじゃとリザードマンが待ち構えるフロアの中へ、単身で飛び込んで行ったのだった。

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