185話 キュア

「――キュア」


 キュアを念じると、俺の手のひらから放たれた光の粒子がふわりとナッシュの傷口周辺を包み込み、やがて身体の中へと浸透していった。


 以前はこれでラウラがやられた蛇の毒をあっさりと治してくれたのだが――


「ぐっ、う、うぅ……」


 ――ナッシュの表情は変わらなかった。さっきまでと同じく額に汗を浮かべながら苦しげに声を漏らすだけだ。


 そして術者として、俺には感じとれるものがあった。これじゃあダメだ。キュアではバジリスクの毒は消せない。それがわかった。


「て、手応えはどうだい、イズミ?」


 コーネリアが期待半分、不安半分の複雑な表情で俺に尋ねる。


「効かないみたいですね……」


 俺がかぶりを振って答えると、コーネリアは言葉を無くし、その場に立ち尽くした。


 ナッシュの余命は残り半日。ルーニーの解毒薬は間に合いそうにはない。つまり、俺のキュアが効かないということは……ナッシュの命はここまでということになる。


 ――だが、万策尽きたわけではない。俺にはまだ最後の手段が残されていた。


 キュアのレベルアップだ。


 しかしこれには唯一にして最大の問題がある。レベルアップで身体にかかる負担がとにかくキツいことだ。


 だからといって、目の前のナッシュを見殺しにするなんてことは絶対にできない。


 俺がビビったせいでナッシュが死ぬとか、間違いなく後々まで引きずることになるだろう――つまり、ここはやるしかない。そもそも、後味の悪い思いをしたくないからこそ、俺はここまで来たんだ。


 なあに、今まで無事だったんだ、なんとかなる。ここはビシッと覚悟を決めよう。俺は声が震えないように気をつけながら、コーネリアに声をかけた。


「コーネリアさん」


「あ、ああ……。イズミ、ご苦労さんだったな。あんたが気にする必要はないからな? あんたのおかげであたしはナッシュの死に目に会えたんだ。こんな美人に見送られるだなんて、ナッシュのヤツもきっと感謝してるさ」


「あ、いや、そうじゃなくて……。実はもう一つ試したいことがあるんです。それで……ええと、俺、これから、しばらく床を転がってもがき苦しむと思うんですけど、どうか気にせず放っておいてください」


 コーネリアが怪訝な様子で片眉を上げる。


「どういうことだい? まったく意味がわからないんだけどさ……。い、いや、まあいいさ。やれることがあるなら、やっておくれよ。後悔だけはしたくないからね」


 どこか諦めたような、力ない笑顔でコーネリアが俺の肩をポンと叩いた。


 まあそんなコーネリアも、これから俺が痛みに絶叫しながら転がりまわる姿を見たらドン引きすると思うがな。


 ――よし、やるか。


『イズミ、準備はできとるぞい』


 その言葉にツクモガミのモニターを見ると、ヤクモが準備してくれたのか、すでにモニターには【キュア】と映し出されていた。さすがにヤクモには俺がやることがわかっていたようだ。


 以前ヤクモはスキルをインストールするときの衝撃は、スキルの情報量や格に依存すると言っていた。たしかに【壁抜け+1】は20☆しか消費せず、大した痛みはなかった。


 だが【ヒール+1】は500☆、【MP回復量上昇+1】は400☆も消費し、これらは俺にトラウマレベルの痛みを刻み込んでくれたものだ。


 頼む、【キュア+1】の使用スキルポイントが低くあってくれ――


 俺はそう願いながらモニターの【キュア】をタップした。


 ……


 ……


【キュア+1】

《スキルポイント550を使用します。よろしいですか? YES/NO》


 550て。危うく膝から崩れ落ちそうになるのをぐっとこらえた。低いどころか、これまでで一番デカい数値じゃねーか! これ、大丈夫なのか?


『なあヤクモ……。今度こそ俺、ショック死したりしないよな?』


『おっ、おうっ! だ、大丈夫じゃ! 根性じゃ、根性! あとは気合じゃ! それさえあれば、たいていのことはなんとかなるものじゃっ!』


 ヤクモが目を泳がせながらあわあわと答える。本当に大丈夫なんだろうな? ヤクモを見れば見るほど不安になってくるんだが。


 俺はヤクモから視線を外し、深呼吸をする。大丈夫だ、ツクモガミを信じろ。さすがに本当に死んだりはしないだろ。ショックのあまりお漏らしくらいはするかもしれないがな。


 よし、押すぞ、押すぞ……!


 俺は緊張のあまりバクバクと激しく暴れる心臓をぐっと左手で抑えつつ、震える指先でYESを押そうと――


『そこまでビビらなくてもさー。もっといい方法があるよ~?』


「えっ!?」


 突然、場の雰囲気にそぐわないのんびりとした声が聞こえ、俺は思わず声を上げた。

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