184話 とある集落
集落の入り口に近づくにつれ、コーネリアが馬の速度を徐々に落としていった。入り口で椅子に腰掛けていた門番の青年は立ち上がり、目を丸くして馬上のコーネリアを見上げる。
「あれ? コーネリアさん。どうして戻って……?」
「ちょっとヤボ用でね。悪いけど、このまま通らせてもらうよ」
「え、あっ、ちょっ!?」
青年の返事を待たずにコーネリアは再び馬を走らせ門を通っていった。
ちらりと後ろを見て青年が追っかけてこないことを確認したコーネリアは、そのまま入り口から真っ直ぐに馬を進ませると、やがて一軒の木造の家の近くでゆっくりと手綱を引いた。
「さあ、ここだよ。降りな」
この集落はシグナ湿地帯とほどほどに近く、シグナ集落と呼ばれている。ナッシュたちはこの集落を拠点にバジリスク討伐に挑戦していたらしい。
その際に間借りしたのがこの家のようだ。今はここに病床のナッシュを預けているとのことだった。
俺が馬から飛び降りると続いてコーネリアも降り、彼女は近くの馬小屋に馬を連れていった。
コーネリアが戻ってくるのを家の玄関先で待っている間、俺は巻き付いていたヤクモを首から降ろしながら辺りの様子を見渡す。
ぽつぽつと小さな畑が点在し、その間にいくつかの家が軒並みを揃えている、そんな光景が辺りに広がっている。村ではなく集落というだけあって、規模も人の活気もレクタ村ほどではないと感じた。
そんな集落で特に目立つのが、どこの家でも軒下には網のようなものが一面に吊るされ、そこで何か魚のような物を干していることだ。
この集落の住民が湿地帯の魚で作った干物が美味いそうで、それ目当てに行商人がこの集落に
そうして辺りを見学していると、いつの間にか戻ってきたコーネリアが俺の肩をポンと叩く。
「待たせたね。それじゃ入るよ」
コーネリアは玄関扉を開けると声を張り上げた。
「行ったばっかりだけど戻ってきたよ! ナッシュはまだ生きてるかい!?」
すぐに家の奥からこの家の住人らしい三十歳過ぎくらいの女性がパタパタと小走りでやってきた。
「えっ、コーネリアさん? ついさっき出ていったばかりじゃありませんか。どうかされたんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね、ちょっとこの坊やを拾ってさ。キュアが使えるってもんだから連れてきたんだよ」
俺の肩に手をやったままコーネリアが言った。女性は俺にちらっと目を向けると、どこか不安そうに眉を下げる。
「キュアですか……。バジリスクの毒に効くのでしょうか……」
「どうだろうね……。やってみないことにはわからないから、ギニルはそのまま町に向かわせたよ。とにかく今はこの子をナッシュに会わせてやってくれるかい?」
「はっ、はい。それではこちらに……」
女性に案内され、俺たちは奥の部屋へと通される。ベッドの上には一人の男が横たわっていた。
ベッドで荒い息を吐きながら、端正な顔を苦しそうに歪めている――ナッシュだ。
ナッシュの左腕の辺りには酷く
「ん? ……あたしらが出ていった時よりナッシュの容態は悪くなっていないか……?」
コーネリアはナッシュを一目見るなり呟くと、住人の女性は視線を床に落としながら言いにくそうに言葉を漏らす。
「は、はい。コーネリアさんが出ていかれてから、急に体調を崩されまして……。さっきから意識もまったくないんです。バジリスクの毒にやられてこうなってしまうと、おそらく持ってあと半日……。コーネリアさんが戻ってこられたのも、もしかしたら神のお導きなのかもしれません」
偶然ながら死に目に会えてよかったということだろうか。どうやらかなり危険な状態のようだ。
湿地帯の獲物で生計を立てているだけに、この女性もバジリスクの犠牲者を何人も見てきたのかもしれない。
『むむう……。症状はかなり深刻なようじゃな』
モニター越しにヤクモの呟きが届く。
『キュアで治ると思うか?』
『ワシもあの赤い女と同じ意見じゃな。やってみんことにはわからん』
『そうか……』
ヤクモと言葉を交わしていると、コーネリアがベッドの脇に立ち俺の背中をそっと押した。
「さて、イズミ。いつまでも眺めていても仕方ないさ。さっそくで悪いが、ウチのリーダーにキュアをかけてやってもらえるかい?」
「わかりました。それじゃあ、いきます」
俺はナッシュの
「――キュア」
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