172話 ナッシュの行方

 言われてみれば、俺も最近ナッシュと会った記憶はない。まだ俺がG級だった頃に「ちょっと遠征に行ってくる」と気軽に別れの挨拶をくれたのが最後だ。


「そもそもナッシュさんって、何の依頼で遠征に出てるんだ?」


「アレサお姉さまが言うにはシグナ湿地帯に生息しているバジリスクの討伐だそうです」


 バジリスクか。ゲームやラノベ知識だと毒持ちのヘビだかトカゲだかよくわからん魔物だな。とりあえずやっかいそうではある。


「推奨討伐ランクは?」


「B……ですね」


 ナッシュはB級を目指すって言ってたもんなあ。Cから上に上がるにはB級推奨のを何度か倒さないといけないらしいし、そりゃそうなるか。


「バジリスクは沼に潜む狡猾な魔物ですから、まだ捜索中の可能性もあるんですけど、ナッシュさんはこれまで予定の日程から、ほとんど日にちを開けたことがないそうで……。それでアレサお姉さま、すごく心配なさってて……」


 アレサのことがよっぽど心配らしく、落ち込んだ様子のマルレーン。


 それからしばらく会話を続け、マルレーンは部屋を出ていった。おみやげに残っていた塩むすびを包んでやったので、それで少しは元気になってくれるといいんだけどな。



「……ふーむ。うーん……」


 マルレーンが帰った後、俺は座っている椅子をガタンゴトンと揺らしながら、ただ天井を見つめていた。


「どうしたのじゃ? イズミ」


「いやあ、ナッシュは無事かなあ~と思ってね」


「どうじゃろうなあ、なんとも言えんのう。だが気になるようなら、様子を見に行けばいいのではないか?」


「んーそれもなー。余計なお世話のような気がせんでもないしな」


「ふむ、たしかにそうじゃな」


「あれ? お前なら『助けに行くのじゃ!』くらい、言うのかと思ったけど」


 マリナが絡まれたときとか、やれそうな善行なら積んどけみたいなこと言ってたし。


「あやつは自らのほまれを求めて行ったのじゃろ? それを他人が助けにいくことが本人のためになるのかどうか、それはわからんからのう」


「そうか、そうだよなー……」


 別にB級に上がらずとも生きていけるのに、ナッシュは自らチャレンジしたんだ。そのリスクは本人が飲み込む必要がある。


 そもそも冒険者なんて危険と隣合わせの職業だ。知り合っていく冒険者を片っ端から気にしていたらキリがないだろう。


「はあ……。それじゃギルドに行って、今日のお仕事でも探してくるか」


「うむ。今日もしっかり働くのじゃぞ」


「おうともさ」


 なんとなく、気まずいようなモヤモヤとした気分を感じながら、俺は外に出る準備を始めた。



 ◇◇◇



 冒険者ギルドに到着した。フロアを見渡すと、今日も相変わらずアレサの列は長い。


 少し聞き耳を立ててみたところ、ナッシュの死亡説みたいなのが流れているらしく、それでアレサに声をかける連中がさらに増えているようだった。


 それをさばいていくアレサもすごいが、やはりいつもに比べて疲労の色は隠せていないようだ。


 その様子を眺めていると、さすがに他の受付嬢たちが他の列に並ぶように呼びかけ始め、ずいぶんと行列が減っていった。


 しかしタチの悪そうなのに限ってアレサの列から動こうとはしない。


 今アレサが受付をしている冒険者なんて、オフの日程を聞いたり、行きつけの酒場の話なんかをして、完全にナンパじゃん。アレサは笑顔を貼り付けながら受け流しているが、なんとも気の毒である。


 俺はカウンターの様子を眺めるのを止めて、壁に貼られた依頼書を見ることにした。


 そうしてしばらくチェックしていくと、一枚の依頼書が目に止まった。


 D級推奨のソードフロッグというカエル型の魔物の討伐依頼だ。


 棲息場所は少しだけ遠いが、50匹まで買い取ってくれるそうなので、一日か二日ほど現地に滞在して、少し腰を据えて狩りまくってもいいかもしれない。


 俺はその依頼書を壁から手に取った。


 するとヤクモが俺を見上げ、口をムニムニとさせながらも何も言わず、受付カウンターに向かう俺の後に付いてきた。



 俺は受付嬢エマのカウンターで依頼書を差し出す。エマは依頼書を見るや否や、はあとため息をついて俺をじっとり見つめた。


「……どうしてこの魔物の依頼なんすか?」


「D級推奨だし、エマさんだってC級のをやるよりかは心配しなくていいでしょ?」


 俺の言葉にエマは依頼書に書かれているソードフロッグの棲息場所をコツコツと指でつつく。


「この場所に行くことに問題あるんです。ナッシュ……さんの件は知ってんすよね?」


 ソードフロッグの棲息場所はシグナ湿地帯。ナッシュが向かった場所だ。


「えっ、マジで!? あっー知らなかった! 偶然、偶然!」


『白々しい芝居じゃのう』


 演劇部歴三日の俺の演技にヤクモからツッコミが入る。


 けれど仕方ないじゃん。自分でもやっぱりナッシュの消息は気になるんだからさあ。


 かと言って助けに行く! なんて大それたことも言うほど自信もない。


 ただ、行ってみないことにはこのモヤモヤがずっと晴れそうにないんだよな。俺が俺のモヤモヤを解消するためにやれることをやるだけなのだ。


 そうして俺が自分の気持ちに整理をつけていると、いつの間にか俯いていたエマがボソボソと呟き始めた。


「っとに……。どこで知ったのかは知りませんけど、そんなことしたって、私は……あなたのことを……その、好きになったりなんかしませんし……」


 え? なに言ってるの?


 俺が首を傾げると、カウンターの上に置いた俺の手に、エマがなぜか手を重ねてきた。


「でも、えっと……そんなに気にかけてくれているのは、やっぱ嬉しいっていうか……。だから、その、今度、食事くらいなら付き合ってあげます。だから、ナッシュにいのために、こんな危険なことをするのは止めてほしいっす……」


 頬を赤くして目を潤ませながら、エマが俺を見つめる。なにこれ?


「えっ、ナッシュ兄って?」


「え? ナッシュ兄は私の兄だから……?」


「「えっ?」」


 二人の声がハモった。


 えっ、どういうこと? エマがナッシュの妹ってこと? つまり、なんだこれ?


 俺が事態を把握しようと頭を回転させている間に、エマは俺からパッと手を離すと、立ち上がってアワアワとわめき出した。


「うっ……うわああああぁぁ……! わ、忘れて! 忘れてくださいってマジで! うわ、うわっ、めっちゃ恥ずかし、ええぇ、ウソでしょおおおお……!」


 そして依頼書をひったくるように手に持つと、素早くそれに判をした。


「あーはいはい! 受領しました。どうぞ行ってくださいっす! ……あっ、でも無理せずに! 無理そうならすぐ逃げること! わかりましたね!? はい、それでは、次の方ー!」


 俺の後ろには誰も並んでいないんだけどな。とりあえずこの場は立ち去ったほうが良さそうだ。


 俺は耳まで真っ赤なエマに苦笑いをすると、冒険者ギルドを後にしたのだった。



――後書き――


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