171話 気だるい朝

 念願だった娼館に行くという目的を達成したものの、その前に起こった衝撃的な事件のせいか、なんともモヤモヤした気分を抱えたまま祝福亭での朝を迎えた。


「あー。今日はなんもやる気にならねーなー。このまま二度寝するかなー」


 俺がベッドでごろごろと寝返りをうちながらボヤいていると、すでにベッドから降りている狐姿のヤクモがじっとりとした目で俺を見上げる。


「なんじゃい、昨日帰ってきてから、ずうっと腑抜けた顔をしおってからに。昨日は平原を歩いて帰って事務処理をやったくらいで、大したことはやっとらんじゃろ。ほれ、さっさと起きて着替えをして、布団を片付けんかーい!」


 そうまくし立てては、俺の布団を咥えてぐいぐいと引っ張り始めるヤクモ。なんだよコレ、お前は俺のカーチャンかよ。


 しかしまあ、ヤクモの言うことも一理あるんだよな。……はあ、俺もいつまでもダラダラとやってないで、そろそろ気持ちを入れ替えてがんばりますかね。


 そうしてようやく体をベッドから起こしたところで、ドタドタと階段を上がってくる音がした。これは……マリナか。いったい何の用事だ?


「開けるよー? って、イズミンまだ寝てたん?」


 開けるよー? からノータイムで扉を開けたマリナが怪訝な顔で俺を見る。遊んでそうに見えるのに、なにげにマリナも働き者なんだよなあ。俺だけか、ダラダラしてんの。


「今起きるところだよ。それでなんの用事だ?」


「あー、うん。イズミンにお客さん。マルレーンってコ。……えっと、もしかしてイズミンの……カノジョとか……じゃないよね?」


「違うっての。ほら、昨日まで遠征に行ってたろ? そのときにパーティを組んでたんだよ。……ああそうか、用事があったんだった」


 すっかり忘れていたが、そういや朝に報酬を受け取りにくるって言ってたよな。そんな俺の返答にマリナがへらっと笑うと、納得したようにうんうんと頷いた。


「だよねだよねー。イズミンにカノジョとか、自分で言っててちょっと笑えてくるし」


 俺に彼女がいたらおかしいんかい。いやまあ作るつもりもないけど。マリナは上機嫌に笑ったまま、俺の顔を覗き込む。


「それじゃ呼んでくるけど……少し待っててもらう? 髪ぼっさぼさだし、顔でも洗って髪整えたほうがいいんじゃね?」


 言われて頭を触ってみると寝癖が付いていた。


「あー、そうするか」


「ほい。とりま待っててもらうね。まっ、いまさら身だしなみ整えてもイズミンは大して変わんないけどねー。へへっ」


「うるさいよ。それじゃ頼むわ」


「ほーい、まかされたー」


 ニヤニヤと笑いながらマリナが部屋から出ていった。


 やれやれ、マリナと話をしてたらすっかり目も覚めた。俺はぐっと背筋を伸ばすと、まずは着替えから始めることにした。



 ◇◇◇



 身だしなみを整えてしばらく待ってると、コンコンとノックの音がした。


 それに返事をすると扉が開き、おどおどとしながらマルレーンが入ってきた。手にはコップ二つが乗ったトレイを持っている。マリナのサービスの飲み物だろう。


「お、おはようございます。えと、早く来すぎたでしょうか? その、すいません……」


「気にしないでいいよ。俺が約束忘れてゆっくりしていただけだから」


『ワシは覚えとったぞ!』


 フフンと得意げに鼻を鳴らすヤクモ。本当かね?


「それで、報酬の件だよな? 今から渡すよ」


 ストレージのお陰で紛失する恐れはないとはいえ、大金を預かってるのはあまり楽しいことではない。さっさと渡してしまおう。


 俺は200万Rの入った布袋をテーブルの上に取り出すと、硬貨をきっちり半分に分け、手のひらでその半分をマルレーンの方へと寄せた。


「あ、あのう……私ほとんど役に立ってないと思うんです。ですから、そんなにいただけません……」


「何いってんだよ。最初から折半の約束だし、なにより役に立ってないことなんてないから。いろいろと助かったよ。だから、ほら」


 エルダートレントを倒したのは俺だったかもしれないけど、道案内やトレントの情報、それにスキルもいろいろと貰ったし、十分に仕事はやってくれた。折半は当然の権利だろう。


 俺が無理やり押し付けると、ようやく観念したのかマルレーンはペコペコと頭を下げながらも金を受け取ってくれた。


 さてと、これで用事は終わったわけだが、かといって、じゃあさようならと言うのも味気ない。数少ない収納魔法仲間だし、おにぎりを美味しく食ってくれるしな。少し世間話でもしよう。


「ところで昨日はアレサさんに報告したんだろ? そっちはどうだったんだ? 俺の方はエマさんにくれぐれも無茶をするなと念を押されたけど」


「え、えっと……それが……」


 言いづらそうに視線を逸らすマルレーン。


「なんだ、どうかしたのか?」


「え、えっと、そのう。アレサお姉さまは私のことはすごく褒めてくださったんですけど、アレサお姉さまのことを思うと素直に喜べなくて……」


「ん? どういうこと?」


「アレサお姉さまの恋人のナッシュさんが、遠征からまだ帰ってきてないようなんです。予定から一日二日遅れる程度ならよくあることみたいなんですが、もう一週間となってまして……さすがにアレサお姉さまもご心配のようで……」


 えっ、ナッシュってまだ帰ってきてなかったのか?

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