204話 肉のハーモニー
俺は油の鍋の中に次から次へと肉を投入していく。
するとその肉ひとつひとつがきめ細かい泡を生み出しながらパチパチ、ジュワーと耳触りの良い音をかき鳴らし、辺り一面にから揚げの多重奏が響き渡っていった。
作業をしながらその音色にうっとり聞き惚れていると、俺の隣でコーネリアが鍋の中を覗き込んだ。
「へえ、油で揚げるのかい?」
「ああ、そうだよ。こういう料理は食べたことあるか?」
そんな俺の問いかけに、コーネリアはどこか懐かしそうに目を細める。
「ガキの頃から――そうだね、冒険者になりたてくらいまではよく食ってたよ。油で揚げちまえば普通なら捨てるような傷みかけた肉や、骨や皮ごとでもパリッと食えるからとにかく安いんだ。それをお高いソードフロッグの肉でやっちまうなんてのは、もちろん初めて見たけどね」
あらま。どうやらこの辺りでは、から揚げの地位はあまり高くないようだ。貧乏人のジャンクフードといった具合だろうか。
これはコーネリアの認識を改めさせる必要がありそうだ。高品質の肉と油、さらには下味をつけることでどれほど変わるかを思い知るがいい。から揚げの伝道者に俺はなるっ!
謎の使命感に後押しされながら、俺は次々と肉を揚げていった。揚がった肉は順番に油切りの網の上に置いていく。
ひとつふたつと網の上にから揚げを載せられるたびに、食欲のそそる匂いが濃厚に漂い始める。
――そうして第一陣の肉をすべて網の上に置き終えた頃には、コーネリアの認識も変わりつつあった。
コーネリアはこんがりきつね色に揚がったから揚げを、物欲しそうな顔で見つめて喉を鳴らす。
「ゴクリ……。こんないい匂いがする揚げ物なんて見たことないよ……。これをあたしの知ってる物と同じにしちゃあ失礼だね」
「ああ、これはから揚げというんだ」
「から揚げ……いい名前じゃないか」
から揚げから視線を外すことなくコーネリアが答える。
『ふわー! なーんかすごくいい匂いがするのじゃ!』
テントの中からヤクモが飛び出してきた。そして俺の足元にやってくると、俺の足に前脚の爪をひっかけて、作業台に置かれた鍋を覗き込もうとする。
「こら、油は危ないんだから離れてろ。後でいくらでも見させてやるから」
『……ふぐう、わかったのじゃ』
ぺたんと尻尾を下げてヤクモは大人しく引っ込んだ。それでもなお俺の足元でクンカクンカと鼻を動かすヤクモに軽くため息を吐きつつ、俺はさらに作業を進めることにした。
肉の次は野菜を揚げるのだ。メインが肉なのは間違いないが、野菜がないのも味気ないからな。
俺はツクモガミを起動させると、もう何度か利用させてもらっている野菜販売アカウント【おやさい天国】をチェック。
このアカウントは形が悪い訳あり野菜の出品がメインなのだが、とにかく安いのがいい。
そこから俺はレンコン、ナス、ピーマンを購入。それらをじゃんじゃん切って、じゃんじゃん油に投げ込んでいった。
そうして調理を進めていくうち、背後から気配を感じた。
作業をしながらチラッと視線だけ向ける。そこには出来たてのから揚げを摘もうと、そ~っと手を伸ばしているコーネリアの姿があった。
「ダメダメ、我慢しな」
俺は菜箸でビシッとコーネリアの指をはたく。
「いてっ、厳しいねえ。 ……ふひひ、イズミに叱られちまったよ」
手をさすりながらコーネリアがニヤけている。俺はなにも見なかったことにした。
◇◇◇
そうしてようやくある程度の量ができたところで、ヨダレを垂らす一人と一匹を俺はテーブルへと呼び寄せた。
テーブルの上には今回の主役たるソードフロッグのから揚げがドンと置かれ、ナスとレンコン、ピーマンが脇を固めていた。
今ここに、から揚げ最強の布陣が完成したのだった。
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