90話 カレーライス
「イズミ、今日は
キースが親父さん宅の玄関で社交辞令のようなことを言い、手に持っていた葉っぱの包みを俺に手渡す。中身はワイルドボアの肉のようだ。俺はありがたく受け取りストレージに収納する。
「おーい、キースもラウラも挨拶なんていいから早く中に入りな! 俺は早くカレーとやらを食いたいんだよ!」
すでにテーブルに着席しスプーン片手の親父さんが急かすように声を上げた。キースとラウラは顔を見合わせると、苦笑しながら家の中へと入っていく。
「もう、お父さんったら……」
なんて恥ずかしそうに呟くクリシアだが、クリシアの視線もさっきからカレー鍋に釘付けだ。味見は俺だけがやって、クリシアにも食べさせていなかったからな。
「それじゃあさっそくカレーを食べてもらおう。今からよそっていくからなー」
キースとラウラが嗅ぎなれないカレーの匂いにキョロキョロしながらテーブルに着いたところで、俺はライスクッカーの蓋を開ける。
途端にもわっと真っ白な湯気が立ち込め、懐かしさすら感じる炊きたての米の匂いが俺の鼻に届いた。
クリシアに用意してもらった深皿に、ホカホカの白米をたんまりとよそう。皿に盛られた米を見た感じでは、炊飯器で炊いたものと何も変わらないように見えた。
カレーには色々と反応しながらも、米にはまったく興味を示さなかった親父さんが、ここで初めて鼻の穴をひくひくと広げながら感想を口にする。
「カレーは美味そうな匂いがするが、そっちの白いヤツの匂いはなんだかイマイチだな。雨が降った後の土の匂いみたいでよ……。それになんか白くて小さい虫の卵みたいに見えるんだが、本当に食っても大丈夫なのか?」
「ちょっ、ちょっとお父さん! そういうこと言うの止めてよ。私も匂いはともかく見た目は少し気にしてるんだから!」
クリシアも見た目は気になっていたのか。たしかにこういう虫の卵ってありそうだけどさ。
「米は植物だよ。虫の卵じゃないから安心してくれ。それと匂いも、カレーと一緒に食べればまったく気にならないだろうしな。どうしても米が無理なら、パンにつけて食べても美味いよ」
後で酒を飲むときに、パンにカレーを浸したものをツマミにしようと思ってクリシアに用意をしてもらっていたんだが、ちょうどよかったかもしれない。
俺は米を盛った皿に、たっぷりとおたまですくったカレーをかけていく。
「まあ食わず嫌いになるかもしれないからさ、最初の一口くらいは米で食ってみてくれよ。まずは親父さんからな」
トロトロと米の上にかけられていくカレーを見て、親父さんが呟く。
「よく見りゃカレーだって、見た目は完全にアレだよな……。よし、俺は見た目は気にしないことにするぞ!」
親父さんがぐっとスプーンを握りしめる。虫だのアレだの言っときながら、気にしないことにできるのもカレーの香ばしい匂いが生み出す魅力なのかもしれないな。俺は盛り付け終わった皿を親父さんの前にドンと置いてやった。
「が、我慢できねえ、先に食うぞ!」
「ああ、食べてくれ」
親父さんはスプーンでカレーと米をごっそりすくうと、一気に頬張り、目をくわっと見開いた。
「……うっ、うめえっ! これは止まらねえぞ! はふっはふっ――」
そう言って後はひたすら胃の中にカレーライスを流し込む作業を続ける親父さん。どうやら気に入ってもらえたようだ。
そんな親父さんの様子をしばらく眺めていると、ちょんちょんとクリシアに裾を引かれた。この物欲しそうな顔がカレーのおねだりじゃなければ色っぽいんだけどなあ……。
とにかくさっさとみんなの分も用意しよう。さっきからヤクモに足をカリカリとひっかかれてて痛いし。
そうして次々と皿に盛り付けたカレーをテーブルに置くと、それぞれが待ちかねたようにスプーンをカレーに差し込んで食べ始めた。
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