89話 ライスクッカーとおじさん
クリシアと二人がかりでひと通りの食材を切り終わった。ちなみに肉は今日狩ってきたばかりの物もあるにはあるが、まだ解体もしていない。
そこで今回は以前キースに捌いてもらったホーンラビットリーダーの肉を使うことにした。カレーに使うには少しもったいない気がするけれど、まあまだたくさんあるしな。
そういうことで、まずは寸胴鍋でホーンラビットリーダーの肉を炒める。焼き色が付きだしたところで、切ったタマネギ、ニンジン、ジャガイモを投入。十分に炒めたら水を入れ、最後はカレールウの登場だ。
「ね、ねぇイズミ、それって本当に入れて大丈夫なモノなの……?」
茶色のブツを寸胴鍋にポチャポチャと投げ入れる俺を見て、クリシアが眉をひそめる。茶色の固形物を見たリアクションはヤクモだけにとどまらないらしい。
「まあちょっと見てなって。すぐいい匂いがするから」
そう言いながら寸胴鍋の中をかき混ぜていると、すぐにルウが溶け出して少しずつカレーのスパイスの風味が漂ってきた。
「あっ、すごく美味しそうな匂い……」
「だろ? とりあえずこのまま煮込んでるからちょっと見ていてくれ。俺は米を炊いておくから」
「コメ? また知らない料理だね」
どうやらこの辺りには米がないらしい。まあクリシアの献立でもこれまで見たことなかったしな。この家の主食はパンだ。
この厨房はコンロが一つしか無い。俺はカセットコンロを取り出すと、アウトドアおじさんから購入したライスクッカーを乗せる。見た目は鍋と大してかわらないが、こちらのほうがずっしりと重い。
俺はやはり同封してくれていた、アウトドアおじさん直筆のわかりやすい説明書を読みながら炊飯を試みることにした。
説明書によると、ライスクッカーは飯盒と違って米を炊くことに特化したものなので、飯盒よりも重く厚みがあり、吹きこぼれや焦げ付きが起こりにくいらしい。それに炊飯器のように鍋には目盛が付いているので、それに合わせて米と水を入れるだけのお手軽さも特徴なのだそうだ。
俺はライスクッカーの側面にある目盛に合わせて米と水を注ぎ込み、米に水分が浸透するのを待ちながら、今回もオマケのように隅っこに書かれていたアウトドアおじさんの近況を読んでみた。
『最近はソロキャンプ三昧の日々ですが、やはりソロキャンプはいいものですね。焚き火の音を聞きながらただ独りで星を眺め、大自然と一体になる……これは独りでないとできないことです。どうして私は彼女が欲しいなんて思っちゃったのかな^^; なんてね^^;』
こじらせそうな気配がプンプンするが、俺はどっちに転んでもアウトドアおじさんを応援するよ。
――クリシアと一緒にカレーをかき混ぜつつ、カレーの付け合せになりそうな野菜を切ったりしている間に二十分ほど経った。
米を水に浸す時間はもう少し長いほうがいいかもしれないが、早くライスクッカーを使いたい。浸水はここで切り上げ、俺はカセットコンロの火をつける。
しばらくすると、蒸気の影響でカタカタと鍋の蓋が鳴り始めた。これが弱火にする合図なんだそうだ。それに合わせてコンロを弱火にする。
後は湯気が出なくなるまでそのまま炊き続ければいいらしい。思った以上に簡単だな。ライスクッカーを買ってよかった、ありがとうアウトドアおじさん。
後はカレー、米、どちらも出来上がるのを待つだけだ。米は炊きあがったらストレージに入れて、おわかり用を炊くのもいいかもしれない。
そうしてカレーと米に火をかけていると、いきなりドアがバタンと開けられ、誰かがつかつかと厨房まで入ってきた。見れば神父服姿の親父さんだ。今日は出かけていて留守だったんだが、戻ってきたらしい。
「おっ、おい。なんかすげえいい匂いがするんだが、一体なんだこれは!?」
「今日は俺がメシを作ったんだ」
「へえ、お前が? さっきから腹が減ってきてたまんねえよ。匂いをかいだら腹が減るような魔法がかかってるメシかなにかか?」
まあ気持ちはわかる。カレーの匂いを嗅いでしまうと、いてもたってもいられなくなるよな。仕事中にどこからか漂ってきたカレー臭を嗅いでしまうと、その日は確実にカレーを食うことになる。
「フニャニャニャーン!」
親父さんの横を抜けて狐姿のヤクモもやってきた。ヤクモはカレー鍋の前をうろうろしながら俺にメッセージを届ける。
『しごおわじゃ! というか匂いがあっちの部屋まで漂ってきて、なかなか集中できんかったぞい! さあ、早く食事の支度をしてくれい!』
まだ日が暮れてもないっての。俺は味見をしようとする親父さんやヤクモを退け、なんとか夕暮れまでカレーを死守。そして夕暮れ時、キースとラウラがやってきて、今夜の宴会が始まった。
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