88話 ライスクッカー

 出品リストを眺めても『飯盒はんごう』が見当たらない。


 単に出品がないだけなのか、それとももしかして、アウトドアおじさんもあまり米を食わない人だろうか? 俺の中ではおにぎりが似合うおじさんなのだが。


 しかしそれでも目を皿のようにして出品リストを眺めていると、ライスクッカーと書かれている物を発見した。


 ふむふむ、"ライス"クッカーか……。見た目は底の浅いバケツに蓋がついたような鍋だ。もしかしてこれか? 俺はさっそくライスクッカーをタップ。


 ライスクッカーの商品説明欄を読んでみると「飯盒よりもご飯が炊きやすいですよ^^」とアウトドアおじさんの説明が書かれていた。どうやらこれがアタリのようだな。


 説明を読み進めるとわかってきたが、ライスクッカーとはいうのは飯盒よりも炊飯に特化したアウトドアグッズらしい。俺の知らないうちに飯盒は過去の物になっていたみたいだ。


 そしてこのライスクッカーは、五合まで炊けるファミリーサイズで値段は4800G。商品説明欄だけではまだわからないこともあるが、全面的にアウトドアおじさんを信じる俺はさっそくポチッと購入した。


 さてと、これで準備は整った。ベッドの上のヤクモは――まだツクモガミのバージョンアップ中か。目をつむり眉にしわを寄せながらも口元が緩んでいる。どういう感情だよ。


 俺はヤクモをそのまま放置して、一人で教会隣にある親父さん宅へと向かった。



 ◇◇◇



「イズミ、準備はもう済んだの?」


「ああ、待たせたな」


 厨房ではすでに私服にエプロン姿のクリシアが待っていた。今回は俺ひとりで宴会の準備をするつもりだったのだけれど、手伝ってくれるそうなのでありがたく厚意に甘えることにしたのだ。


 まずは一緒にタマネギを刻むことにした。俺はストレージから買ったばかりの包丁を取り出し、クリシアに差し出す。


「ほい、クリシア」


「えっ、包丁は自分のものがあるから……って、なんだがすごく薄くて、すらっとしてて、よく切れそうだね……」


 クリシアは俺の差し出した包丁を手に取ると、いろんな角度から物珍しそうに眺める。


 クリシアが料理するところを見ていつも思っていたのだが、クリシアの使っている包丁は俺のよく知る包丁よりもゴツくて切りにくそうな物だった。だからマイ包丁を買ったとき、思わず同じ物をもうひとつポチったのだ。


「その包丁、クリシアにあげるよ。これからも使ってくれ」


 だが俺の言葉にクリシアは驚いたように包丁を突き返す。うおっ、あぶねえ!


「だっ、だめだよ! だってこれ、すごく高そうだもん! こんなもの絶対に貰えないよ!」


「いいからいいから、ほら、もう一本自分用のがあるからさ。いつも料理を作ってくれているお礼だよ」


 俺がストレージからもう一本取り出して見せると、諦めたようにクリシアがため息をつく。


「もう……。こんなのいつまで経っても私の恩が返しきれないじゃない」


「まあまあ、いいからタマネギを切ろうぜ。これくらいの間隔で切ってほしいんだ」


 俺はタマネギの皮をむいてサクっと半分に切り、さらにサクサクサクッと切ってみせた。おおっ? 以前の俺よりも包丁の扱い方が滑らかだ。これが【調理】スキルの効果か。


「へえー本当に料理できたんだ……」


「お、おう、まあな」


 もともとクリシアのスキルなんだが、タマネギを切るくらいでこう言われるとなると、本来の俺の料理の腕前でも感心されそうな気がする。この世界では男はあまり料理をしないのかもしれない。


「ええと、これくらいでいいのかな? わっ、すごく切りやすい……」


 クリシアが包丁の切れ味に驚きつつ、五ミリ間隔くらいでタマネギにサクサクと包丁を入れていく。


 カレーはタマネギの切り方次第で味も変わってくるが、みじん切りは面倒だし、厚めに切って形が残るのもイヤな俺は、いつも間を取ったこれくらいの切り方で作っていたものだ。


「ああ、それくらいで頼む。それで……ジャガイモとニンジンもあるんだよな?」


「うん、隅の方に置いてあるよ」


 クリシアがタマネギを切る手を休めずに言う。彼女が言う通り、厨房の隅には山のように野菜が積まれたカゴが置いてあった。その中にはたしかにジャガイモやニンジンの姿も見える。


 俺はジャガイモとニンジンを持てるだけ持ってクリシアの隣に戻ると、さらにストレージからブツを取り出す。


「ふふん、クリシア。これを見てくれ」


「ん? なあに、それ?」


 クリシアが見て首を傾げているのはステンレス製のピーラーだ。これは是非ともクリシアに実演してみたかったのだ。


「これをな、こうして……こう!」


 俺はニンジンにピーラーを当てると、そのままスーッと皮をむいてみせた。


「ええっ! なにそれすごい!」


 クリシアが目をぱあっと輝かせる。包丁を見せた時にも見なかったリアクションだ。包丁でも皮はむけるので微妙な顔をされるかもと思ったのだが、杞憂に終わったようでなによりだよ。


「やってみるか?」


 俺が差し出したピーラーをクリシアはそっと手に取ると、ゴクリとツバを飲み込みながらニンジンにあてがい……スーッと皮をむいた。


「わあ……」


 クリシアは薄く切れた皮をつまみながら感嘆の声を上げ、それから夢中になってニンジンの皮を一本二本とむいていく。


「それも二つあるから。一つはクリシアにあげるよ」


「えっ、いいのっ!?」


 包丁のときは遠慮がちだったクリシアだが、今回は即答してくれた。どうやらピーラーはすごくお気に召してくれたようだ。


 5000Gの包丁よりも600Gのピーラーの方が嬉しそうなのが微妙だけど、クリシアが喜んでくれるならどうでもいいか。俺は楽しそうに皮をむき続けるクリシアを横目で見ながら、タマネギに包丁を差し入れた。

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