87話 固形物

 夕食の相談をしながらクリシアと教会に帰ってきた。そこでクリシアと別れ客室に戻った俺は、さっそくツクモガミを起動させる。


「えーと、さすがにイチから作るのは無理だからな……」


 検索してみると目当ての物のレトルトはたくさん売っているので、ついついポチっとしてしまいそうになる。それをなんとか我慢しながら検索……目当てのを発見した。二箱で600Gだ。


 ポチッと購入ボタンを押して、まだ「激!カップ麺大会」の中止にヘソを曲げているヤクモを呼び寄せる。


「む……。なにか用か?」


 人型のヤクモが不満をあらわに口を曲げながら歩いてきたので、買ったばかりのブツの箱を開き、中のフィルムをめくってみせてやった。


「……ん? なんじゃ、この茶色の固形物は……? ――お、おま、お前、まさかコレは……!」


 一歩二歩と後ずさるヤクモ。その顔は恐怖におののいている。アホである。俺はブツをヤクモの方へと突き出した。


「ひいっ! やめい!」


「アホか。そんなモノがツクモガミで売られてるわけないだろ。とりあえず匂いを嗅いでみ?」


「ほ、本当か? 信じるからな? コレがワシの思ってるようなモノなら、ワシ、お前との付き合い方も改めるからな?」


 ヤクモは俺の差し出したブツに目をつむりながらそろそろと顔を寄せ、鼻をクンクンとさせた。そして目を大きく開く。


「む? むむっ!? おお、これは……。これはワシが知っとる匂いじゃ!」


「だろ? なんの匂いかわかるか?」


「えーと、えーと……そうじゃ! これはカップラーメンの黄色い容器のヤツの匂いじゃな! 名はたしか……カレーと言ったかの?」


「正解だ。今日はカレーを作るぞ!」


 今日の晩飯はカレーだ。クリシアが山ほどもらってきたタマネギをじっくりコトコトと煮込み、めっちゃ美味いカレーを作ろうと思うのだ。


「イズミよ、カレーというのはカップラーメンのスープだけではなかったのじゃな」


「ああ、本来はこれから作るのがメインの料理だ。ラーメンのカレー味はそこから派生したメニューなんだよ」


「ほほう、そうなのか。うむうむ、そういうことなら了解したのじゃ! カレー、楽しみじゃのう!」


 さっきまでの不満顔もどこへやら。ヤクモは上機嫌に尻尾をパタパタさせながら落ち着かないように部屋中をうろうろとし始めた。


 さてと、後は調理器具も買うか。親父さん宅の厨房にはクリシアが使っている調理器具はあるけれど、これからも自炊することがあるかもしれないし、いい機会だ。


 なんといっても今日の狩りでは半日で四万Gほど稼げたので金にも余裕がある。まあ今後の稼ぎについては暗雲が立ち込め始めているんだが、深く考えるのはよそう。


 俺は包丁、寸胴鍋、ピーラー、木製のおたま、しゃもじ、まな板と必要そうな物を買い揃えていく。これだけでも二万Gほどの出費だ。思ったよりもかかってしまったが、今後も使えるものだからセーフだセーフ。


 そしてカレーといえば、欠かせないモノがある。――米だ。


 俺は酒を飲むときにはほとんど米は食わないので、特にこちらの世界にきてからも米が恋しいと思ったことはなかった。だが、それでもやっぱりカレーにはライスなのだ。これは譲れない。


 さっそくツクモガミで米を検索する。以前から感じているとおり、ツクモガミでは食品関係の品揃えはあまり良くない。物によってはすぐに傷んでしまうからだろう。


 しかし米に限れば賞味期限が長いせいだろうか、たくさんの種類の米が出品されていた。その中で10キロ4500Gの無洗米を購入。


 問題は炊き方だな。家電の炊飯器で炊くというわけにはいかないので、飯盒はんごうで炊くことになる。飯盒炊爨すいさんかあ……子供の頃の臨海学校以来だよなあ。


 失敗せずに飯が炊けるかどうか、不安がないといえば嘘になる。だがすぐに俺には強い味方がいること思い出した。


 ――アウトドアといえば、アウトドアおじさんの出番だ。彼ならきっと懇切丁寧なマニュアルを同封してくれているに違いない。


 俺はツクモガミの購入履歴を調べ、以前バーベキューコンロを買ったときの履歴からアウトドアおじさんのアカウントを見つけ出した。そしてふと思う。


 ……わざわざ購入履歴からさかのぼってアカウントを調べるのってなかなか面倒だ。俺はヒマそうに狭い部屋の中を徘徊しているヤクモに声をかけた。


「なあヤクモ、任意のアカウントをお気に入りユーザーに設定したりできるか?」


「ふうむ……それならシステムをちょいといじる程度じゃから簡単にできると思うのじゃ。待ってる間ヒマじゃから、今からやっておいてやろう。ヒマ潰し程度じゃから報酬は今日のカレーってことでいいぞい」


「そうか、それじゃあ頼む」


「うむっ!」


 ヤクモはベッドに飛び込むと、仰向けになって目をつむった。どうやらあの体勢でツクモガミをいじるようだ。


 さてと、作業を再開するか。


 俺はどこかのキャンプ場の写真が写っているアウトドアおじさんのアカウントアイコンをクリック。するとモニターの中にはアウトドアおじさんが現在出品中の品物がずらりと表示された。


 その大半は個人ではなく、複数人で使うようなアウトドアグッズだ。彼女と使いたくて買ったんだろうな……。そしてまだ出品しているということは新しいお相手も見つかっていないということだ。


 俺はアウトドアおじさんの幸せを願いながら、出品リストの中から飯盒を探した。


 ――だが、リストの中に飯盒は見つからなかった。うーん、絶対にあると思ったんだけどな?

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