86話 世間話
挨拶を終えたところで、待ちきれないとばかりにそわそわしたルーニーが鞄を肩に掛け直した。
「さて、それでは私はそろそろお暇をしよう! 眼鏡拭き液が私を待っているのだ! クリシア君、なにか欲しい薬があればいつでも私に言ってくれたまえ。イズミ君には大変世話になったからな、そのイズミ君の世話をしているという君にはいろいろと融通しようと思う!」
「えっ、はあ……」
ルーニーの勢いに、クリシアが一歩後ずさりながら声を漏らす。まぁこのテンションは初見にはキツいよな。
「クリシア、この人の薬ってロクなのがないから期待しないほうがいいぞ」
俺が口を挟むと、ルーニーは噛みつかんばかりに俺に顔を近づけた。
「むうっ、そんなことはない! たまたま君の嗜好に沿うものがなかっただけで、これでもライデルの町では一番の薬師なのだ! 私が戻るまでに、きっと君にも認めさせてみせるからな! それでは失礼する! ……眼鏡拭きっ♪ 眼鏡拭きっ♪」
ルーニーはくるりと反転し、スキップしながら宿に向かって歩いていった。
なんとなくその姿をクリシアと二人で見送っていると、ルーニーは一度こちらに振り返ってブンブンと手を振って、やがて曲がり角を曲がっていった。楽しそうでなにより。
ルーニーの姿が見えなくなると、クリシアがぽつりと呟く。
「……すごく変な人だったね……」
「今日は特別に変なんだよ。念願叶ってテンション上がってるみたいなんだ、許してやってくれ」
「……ふぅん。なんだかずいぶん、ルーニーさんと打ち解けているみたいだね?」
じっとりとした目を俺に向けるクリシア。
「そうか? まあ今日は無理やり護衛を頼まれてさ。あんまり無茶を言うもんだから、いろいろと言い合ってるうちに気を使わなくなったのかもしれないな」
「へぇ、そうなんだ?」
クリシアは納得しかねるように口をへの字にしながら答えた。その手のひらは自分の胸を押さえている。
やっぱりルーニーの胸って女性から見ても気になるものなのかね。別にクリシアも小さくはないんだけどな。
とはいえクリシア相手に胸の話をする気もないので、そろそろ帰ろうかと言おうとしたところ、ルーニーが消えた方角からすらっとした長身のシルエットが見えた。今度はラウラがやってきたようだ。
「クリシア、イズミさん、こんにちは……。あの、さっきすごく上機嫌なルーニーさんとすれ違ったんだけど……」
「ああ、さっきようやく目的の薬草を手に入れたんだよ。もうキースの家にも行かないと思うから安心するといい」
「そう……。きっと兄さんも喜ぶと思う」
ラウラは肩の荷が降りたように、ほうと息を吐いた。どうやらルーニーのしつこさにキース兄妹はだいぶ苦労していたようだな。
「ところでクリシア。背中のタマネギ、すごく多いね……。どうしたの?」
クリシアの背負ったカゴには大量のタマネギが入っていた。さっきから中身を見るまでもなく、ぷわんとタマネギの臭いがあたりに漂っている。
「うん、こないだお父さんがルネギさんのギックリ腰をヒールで治したんだけどね、そのお礼にいただいたの。イズミ、今日はこれを使ってタマネギスープを作るからね」
クリシアが俺ににっこりと笑いかける。タマネギスープか……。クリシアの作るタマネギスープは甘くてやさしい味がしてワリと好きなんだが、今日は宴会を開く予定だからそれをクリシアに伝えないとな。
――いや待て、タマネギか。俺はふいにとあるレシピを思い出した。
「なあ、せっかくだから、今日は俺がそのタマネギで料理を作っていいか?」
「えっ、イズミって料理もできたの?」
「おう。できたんだな、これが」
今の俺には【料理】スキルがあるし、そもそもを一人暮らしをしていたときでも、
『ヤクモ、さっき話してたカップうどんはまた今度な。「激!カップ麺大会」は予定変更だ』
『なにゅっ!? イッ、イズミ! それはひどくないか!?』
『まあまあ、それ以上のものを作ってやるから、期待して待ってな』
抗議をするように俺の脚に爪を立てるヤクモの頭を押さえながら、俺はラウラにも声をかける。
「ラウラ、よかったらキースも連れて一緒に食べにこないか?」
突然話を振られたラウラは、俺とクリシアの顔を交互に見ながら口を開いた。
「……いいの?」
「ああ、ぜひとも食べてほしいな。たぶんうまいぞ」
「わかった、兄さんに聞いておく。それじゃ私はおつかいに行くから」
ラウラはそれ以上は語らず、あっさりと教会と反対方向に歩いていった。やや足取りが軽いように見えるのは、俺のメシを楽しみにしてくれているから……だったらいいなあ。
さてと、久々の自炊を頑張りますかね。まずは材料と器具の購入だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます