85話 身の振り方
ようやく森を抜け、村への帰り道。ウキウキと軽い足取りのルーニーが声を上げる。
「さあ、イズミ君! 早く村へ帰ろう! 私は宿に戻ったらさっそく眼鏡拭き液を調合するのだ!」
「そんなに早く歩くとまたコケますよ」
「イズミ君は私をなんだと思っているのだ! さすがに平地ではコケないんだからな!」
ルーニーはむうっと頬をふくらませると、タタッと駆け足で俺の前に躍り出て、どうだ! と言わんばかりに振り返った。やれやれ、テンションが高すぎてついていけないぜ。
それからずんずんと先頭を歩くルーニーの背中を見ながら、俺はツクモガミを通してヤクモに尋ねる。
『なあ、ホーンラビットの買い取り値が下がったんだけど』
俺からのメッセージに、ヤクモは一度ちらりと俺を見上げ、それから軽く息を吐いた。
『ふむ、そうか……。今日はたくさん狩ったからのう。いずれは値下がるとは思っていたが、思ったより早かったな』
『魔物って値段が下がらないんじゃなかったのか?』
『んなわけあるかい。ワシは取引停止限度が若干緩めだとしか言っておらんぞい』
ああ、そういやそうだったっけか。まったく買い取り価格が下がらないものだから、すっかり忘れてたわ。
『じゃあそのうち、ホーンラビットは買い取り不可になるってことか?』
『うむ、いずれな。しかしそうなるのはまだ先のことじゃろうて。その間にお前も身の振り方を考えておくといいぞい。前にも言ったが、ワシはお前の好きにすればええと思うぞ』
俺の身の振り方か……。今までは狩りのことだけ考えていればよかったけれど、これからはそうはいかないようだ。
とはいえ、この平原にはフィールドウルフって魔物がいると、以前クリシアが言っていた。まだ余裕はあるんだよな。
『まあ、焦ったところでどうにもならんし、ゆっくり考えることにするよ。それより今は今晩の宴会のことでも考えるか』
『むっ! 今晩は宴会なのか!?』
『フフン、そりゃそうだろ? 今日は俺の魔物ソロ狩り成功記念だからな。ごちそうをいっぱい用意して、親父さんやクリシアに俺を祝ってもらうんだよ』
『くうっ……! 祝ってもらうために自分で準備をするというのが少々泣けてくるところじゃが、うまい食べ物は大歓迎じゃ!』
『おうっ。それじゃあ宴会のメニューでも決めるか』
『ワシはカップラーメンがいい! 今日は青色の容器の気分じゃ!』
尻尾をブンブン振り回しながらメッセージを届けるヤクモ。俺は肩をすくめながら言葉を返す。
『お前のリクエスト、カップラーメンばっかりだなあ……って、料理を知らなければリクエストもしようがないか』
『そういうことじゃ! それならお前がなにかおすすめしてくれい! こないだのカップ焼きそばも美味かったし、期待しておるぞ!』
『そうだなー。それじゃあ今度は……カップうどん、なんてどうだ?』
『カップウンド! なんじゃそれ、なんじゃそれー!?』
『カップうどんだよ。これはな、上に乗っているトッピングが特に重要でな――』
こうして俺たちは買い取り問題については先送りにして、宴会のメニューの相談をしながら、村へと戻ったのだった。ちなみにルーニーは結局一回コケた。
◇◇◇
村の門を通り、分かれ道に差し掛かった。真っ直ぐ進むと教会への坂道が、右手に曲がるとルーニーが泊まっている民泊があるという。彼女とはここでお別れだ。
「君には世話になったな! 私はギルド職員がドルフを連行するときに一緒に町に戻ろうと思う。それまではこの村にいるので、いつでも気軽に訪ねてきてくれたまえ!」
上機嫌に俺の肩をバシバシ叩くルーニー。すると背後から声が聞こえた。
「あっ、イズミ」
振り返ると、そこにはシスター姿のクリシアがいた。前に偶然出会ったのと同じように背中にはカゴを背負っている。またなにか貰ってきたのだろう。
「もう狩りから帰ってきたんだね。どこも怪我してない?」
「ああ、怪我はないし、ホーンラビットもいっぱい狩ってきたぞ。後でおすそ分けするから、家賃代わりにもらってくれ」
「もうっ、そんなの気にしないでいいのに……。ところで、そちらの方は……?」
「この人はルーニーさん。ほら、例の薬師の人だ。そしてルーニーさん、このシスターはクリシア。俺の世話になってる教会の娘さんだよ」
俺がお互いを紹介すると、クリシアがぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、このレクタ村教会でシスターを務めております、クリシアと申します」
「やあ、私はルーニー! 薬師をしている者だ!」
一方ルーニーは胸を張ってドンと構える。クリシアがその胸を見て、一瞬目を見張った気がしたが、気のせいかもしれない。
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