84話 パピルナ草の効用

「むうむう……なにかいい物は……。むううっ!」


 しゃがみ込んでは魔法鞄を漁り、頭を抱えながら立ち上がる。ルーニーはさっきからその繰り返しだ。


 そんな状態のルーニーをもう五分ほど眺めているわけだが、立ったり座ったりするたびにおっぱいが上下に揺れているのを見るだけで、いくらでも待っていられそうだ。


「なぁイズミ君、やっぱりお金を支払うというわけには――」


 突然ルーニーがこちらを向くと、そこで俺のぶしつけな視線に気がついたらしい。彼女は顔を真っ赤にして胸を両腕で隠した。


「ま、まさか君っ! 私の体で支払えとでも言うのかね!」


 いや、さすがに草と引き換えに身体を要求するつもりはないけど。おっぱいが揺れると見てしまうのは、猫が動く物に夢中になるのと同じものなのだ、多分。


「すいません、あまり見事に揺れるのでついつい見てしまいました。他意はありません」


「せっ、せめて少しくらいは申し訳なく言ってくれたまえっ! とにかくっ、私は結婚するまでは清い体でいると治癒の神に誓っているのだ! そういうのはダメだからな! 絶対!」


「大丈夫です。そういうつもりはないので」


「むう……! まあ君はドルフと違って無理やり乱暴をするような男には見えないし、そこは信用することにしよう。こう見えても人を見る目はあるほうでね」


 フフンと得意げな顔をするルーニー。だがそもそもドルフに襲われそうになったルーニーの人を見る目なんて曇りまくっていると思うんだが、あえて言うまい。

 

 それよりもルーニーは治癒の神とやらを信仰してしているというのが気になった。クリシアと親父さんは主神を、キースたちは森の神の信仰している。ヤクモに聞くかぎりいろんな神様がいる世界みたいだけど、それぞれ信仰してる神様も違うんだなあ。


 そんなことを考えながら、再び魔道鞄をガサゴソとやりだしたルーニーを眺めていると、ツクモガミにメッセージが流れた。


『なあなあ、イズミよ。もう草くらい分けてやったらどうじゃ?』


 足元のヤクモはくわーと大きなあくびをすると、涙目を前足でこしこしと擦った。どうやらヤクモは待つのもいい加減飽きているらしい。


『でもなー、あの草は俺の大切なお守りみたいなもんだし』


『まだたくさんあるじゃろ? よいではないか。それよりもさっさと切り上げて、魔物狩りをしたほうが得じゃと思わんか?』


『あー、言われてみればそれもそうだな……』


 おっぱいは良いものだが、それで腹は膨れないしな。……よし、そうしよう。俺は自分の鞄に手を突っ込むと、ルーニーに尋ねた。


「ルーニーさん。それじゃあ、おっぱいをエロい目で見てしまったお詫びということで、パピルナ草は差し上げます。どれくらい欲しいですか?」


「だからっ! おお、お、おっぱいとか! そういうことは思ってても言わないでくれたまえ! でも貰える物は貰うっ!」


 顔を真っ赤にしてルーニーが答える。それにしても思ったよりウブな反応をする人だな。俺もさすがにクリシアやラウラ相手には、こんなセクハラ紛いの話はしないけど、ルーニーはいい歳だと思って見誤ったらしい。反省せねば。


「……ええと、貰えるのなら、この布袋に詰められるだけあるとありがたいのだが……」


 ルーニーは申し訳無さそうに小サイズのコンビニ袋くらいの布袋をそっと差し出した。俺は反省の意味を込めて、受け取った布袋にパピルナ草をぎゅうぎゅうに詰め込んで返してやる。


「おお……ありがたい。この恩は決して忘れないぞ!」


 ルーニーは慎重に布袋の紐を締めると、魔法鞄の中にしまった。


「ところでパピルナ草を何に使うんですか?」


「ふふ、知りたいかい?」


 ようやく調子を取り戻し、ニヤリと口の端を吊り上げるルーニー。


 薬師ルーニーが噂を頼りにここまでやってきて、なんとか手に入れた薬草の使い道だ。薬のレシピを教えてくれとまでは言えないが、せめて何に使うかくらいは知りたいよな。俺は黙って頷いてみせた。


 するとルーニーは、眼鏡をクイッとしてドンと胸を張る。


「眼鏡拭き液だ!」


「は?」


「眼鏡拭き液だよ。このパピルナ草にコルブの実、さらにはグレイリザードの体液。それらを混ぜ合わせた溶液を布に浸し、それで眼鏡を拭くのだ。するとだね……眼鏡がまったく曇らず、傷もつきにくくなり水や汗も弾く、そんな最高の状態を維持してくれるようになるのだよ!」


 眼鏡クリーナーってこと? ええ、マジで……。


「……あんた、そんなことのために、はるばるこんな所まで来たの?」


 呆れ混じりの俺の言葉に、ルーニーが憤慨するように足をバタバタとさせる。


「そんなこととはなんだいなんだいっ! コレはねぇ、眼鏡を使用する者にとっては死活問題なのだよ! 薬の調合中に湯気で眼鏡が曇ることがなくなると、いちいち拭き直さなくてもよくなるのだ! これがどれほどの利益を私に与えてくれることか……! それが君にはわからないのかね!?」


『うむうむ、わからんでもないぞ。職場の環境を整えることは、仕事の効率を高めることにも繋がるからのう!』


 ヤクモが共感するように何度も深く頷いている。まあ俺も職場の椅子に使うクッションを良い物にするくらいの事ならわからんでもないけどさあ……。


 まあ本人が喜んでやっているなら水を差すつもりもないけどな。ただ、パピルナ草のいい匂いという素晴らしい特性が活用されていないのは残念の一言だよ。



 その後も延々と眼鏡拭きの素晴らしさを語るルーニーをなんとか落ち着かせると、俺はようやく魔物狩りを再開することにした。


 一度だけルーニーが思いっきりコケて物音を出したせいで小さな群れに襲われることになったりもしたが、返り討ちにした結果、大量のホーンラビットをゲットすることができた。結果オーライということにしておこう。



 ◇◇◇



 上々の成果を上げ、昼になる頃に俺たちは村に戻ることになった。今回は初めてのソロ狩り予定だったこともあり、最初から昼には戻るつもりだったのだ。


 だが帰り際に遭遇したホーンラビットを仕留め、それを出品したとき、俺は思わず顔をしかめた。


【ホーンラビット 1匹 取引完了→2700G】


 ……えっ? 買い取り値段が下がった?



――後書き――


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