74話 ハンティング

 俺は大岩に立て掛けられた枝を指差して尋ねる。


「なあキースこれって……」


「ああ、森の中に二人で入ったことを示している。この辺りから森に入るなら村の入り口を通っているはずなのだが、門番のボロワーズさんはあの有様だったしな……」


 木の枝を触っていたキースが答え、軽く息を吐きながら元に戻した。


「わざわざ狩人の慣習にのっとって森に入るくらいだ。秩序を乱すような連中ではないと思う。イズミ、それからラウラも矢を射る時には獲物の周辺を確認してから撃つように」


「ああ、わかった」

「うん」


「よし、それじゃあ行くぞ」


 俺たちはキースを先頭に森の中へと入っていった。



 ◇◇◇



 耳が格段に良いというラウラが音で獲物のいる方向を探り、それを目が良いキースが仕留める――普段彼らはそういう狩りを行っているらしい。ラウラの【聴覚強化】とキースの【遠目】のコンビネーション技ということだ。


 どちらのスキルも持っている俺も同じことができそうだが、今回は見学に徹するつもりだ。俺は弓術の訓練をしたいわけじゃないからな。俺に必要なのは狩りの知識だ。


「兄さん、あっち」


 突然、小声でささやいたラウラがスッと前方を指で示すと、そちらに顔を向けたキースが目を細める。


「いるな……ワイルドボアだ」


 その姿は俺からも見えた。自動で翻訳されたネーミング的に野生の猪ということなのだろうが、俺の知る猪の中でも結構大きめの個体。これでも魔物ではなく、ただの獣だと事前にキースから聞いている。


 以前は森の深い所まで獲物を探していた兄妹だが、まだここはそう深くない場所。キースが言うには、ホーンラビットリーダーを倒してからというもの、獣は少しずつ姿を見せるようになったらしい。重ね重ね感謝の言葉を述べられてしまった。


 弓を構える前にキースは一度だけ左右を見渡す。さっき言ったことを実戦しているのだろう。そして人影がないことを確認すると、素早く矢を放った。


 キースの放った矢はワイルドボアの胴に命中し、すぐさまそれに重ねるかのようにラウラの矢が突き刺さる。


 そしてワイルドボアはふらふらと数歩進んだ後にバタリと横に倒れた。


「よし、行くぞ」


 二人は素早く獲物に近づく。遅れて俺とヤクモがそれに続いた。


 キースはワイルドボアの両後ろ脚を懐から取り出した麻縄で縛って近くの木に吊るし上げると、まずは首元をナイフで切って血を流させた。その後に腹を割いて内臓を取り出し、それを地面の窪みに投げ捨てる。


「血が回ってしまうと肉が不味くなるので、下処理はなるべく早くしたほうがいい。それから内臓はなるべく集めて捨てておくと、すぐに森の獣が食ってくれる。それらがいずれ我々の新たな糧となるのだ」


 なるほど、こんな感じで一匹狩るごとに処理をしながら進行することになるのか。正直かなり面倒だと思った。


 しかし俺にはストレージがある。かなりの作業の短縮が見込めるだろう。キースが自分にも収納魔法は覚えられないかと俺に尋ねたのも、今ならよくわかる。


『ううーん、血だらけでワシ、少し気分が悪くなってきたわい……。なー、イズミィ……ちょっと首に巻き付いて休んでいいか?』


 吊るし上げられたワイルドボア、地面を流れる血、滴る内臓といった光景に、どうやらグロ耐性が低いらしいヤクモが足元をふらつかせながら休憩をねだってきた。神様がグロ耐性が低いってどうなんだ? 普通なのか?


 そういえば俺もこういうのはあまり得意でなかったと思うんだけれど、さほど気分が悪くならない。これはきっと【解体】スキルの影響なんだと思う。ほんと取っておいてよかったよ。


 俺は仕方なしにヤクモを首に巻き付かせるとキースに声をかける。


「なあ、よかったらその獲物、俺が収納魔法で預かっておいてやろうか?」


「いや、ありがたい話だが、今回は我々の狩りというものを一通りみてもらおう。お前が常識を知るということも学びになると思うからな……」


 どこか遠い目をしながらキースが語る。まあ知り合っていきなり「弓使えました」「魔物倒せます」「収納魔法もありまぁす!」「でも狩りは素人です!」とか普通じゃないもんな。キースの表情もさもありなんといったところだ。


 それから十分に獲物に血を流させると、キースは落ちていた太い枝に獲物の足を縛り付けながら説明を始める。


「面倒なら枝を使わずに足だけ縛って直接背負ってもいい。だが獲物の血やダニが体に付くからあまり勧めはせん」


 そう言ってひょいと木の枝ごと持ち上げて肩に背負い込んだ。キースって背が低いけど結構力持ちだよなあ。この間は自分より背が高いラウラも背負っていたし。


「さて、これはなかなかの大物なので、本来ならこれで引き上げてもいいのだが……。イズミに狩りを教えるにはしては物足りないな。もう一匹仕留めてみるか。次は……そうだな、鳥なんてどうだ?」


 そう言ってキースはかすかに笑みを浮かべながら空を見上げる。雲ひとつない澄み切った青空は、まるで今日の狩りの成功を約束してくれているかのようだ。


 ――だが次の瞬間、絹を裂くような叫び声が耳に届き、そんな晴れ晴れした気持ちは一瞬で霧散したのだった。

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