75話 悲鳴の先
突然の悲鳴に俺たちは顔を見合わせる。そして俺が声を上げようとしたところ、キースがいきなり俺の口を手のひらで塞いだ。おえっ、血なまぐさい!
そんな俺の内心には気づく様子もなく、キースが静かにゆっくりと話しかける。
「……大声を出さないようにな。今のはおそらく入り口の目印を置いた連中だろう。この森で恵みを授かっている者として、狩りの流儀を守る者の危機は見過ごせない。俺は助けてやりたいと思うのだが、これに異論はないだろうか?」
口を塞がれたまま俺はコクリと頷く。マジ臭い。
「だが、状況はまだわからんが、向こうにも感知に長けるものがいる可能性がある。相手に気づかれぬよう、静かに行動するのだ。いいな?」
俺が再び頷くと、ようやくキースの手から開放された。生臭さからも解放されたが、まだ口の辺りがむずむずする。するとラウラが無言で布タオルを差し出してくれた。気が利いてるね。
さっそく口元をゴシゴシと拭うと、赤いものがうっすらと付いていた。キースにはもう少し衛生管理というものを考えていただきたい。
「ありがとな、ラウラ。これは洗って返――」
「ううん。いい」
ラウラは俺からタオルを奪い取ると、すぐさま懐にしまった。まあ本人がいいならいいけどさ。
そんな様子をしかめっ面で眺めていたキースが、軽く咳払いをして話を進める。
「オホン。いいか? とにかく焦らずゆっくりと進むのだ。では行くぞ」
俺とラウラが頷くと、くるりと背中を向けたキースが足元に注意しながらゆっくりと歩いていった。俺とラウラもそれに続く。
進むに連れて、向こうの声が【聴覚強化】の影響で聞こえてきた。
「――へへっ、もう逃げられねえぜ?」
「ドルフッ、お前、どういうつもりだ!」
「へへっ、こんな静かな森でヤルことと言えば一つしかねえだろ?」
「私はお前を護衛として雇ったのだぞ!?」
「知らねえなあ? そもそも俺は最初っからこのつもりだよ。あんたは俺を楽しませた後、魔物に襲われておっ死んだことになる。俺も依頼失敗となるだろうが、さほど痛いペナルティじゃねえ」
「くっ、私もただじゃやられんからな……!」
「そうこなくっちゃな。気の強ええ女は嫌いじゃねえぜ――」
どうやらペアで入った男女ペアの、女の方が男に襲われそうになっているらしいが……。まずはキースに報告をしよう。
「キース。どうやら二人のうちの女の方が護衛の男に襲われているらしい」
「ぐぬっ、なんと嘆かわしいことだ……。それなら二手に分かれることにするか。片方が男の気を引いて、その隙をついてもう一方が背後から男を攻撃する。これでどうだ?」
「了解した。それじゃあ……俺が気を引く方をするわ」
「いいのか? 危険だぞ?」
俺だってそう思うが、キースがいくら弓がうまくても、近づいてきた相手には厳しいだろう。護衛として雇われているようなヤツなら、腕っぷしもあるだろうしなあ。
それなら俺がいくしかない。俺ならボコられても【ヒール】と【粘り腰】で簡単には死なないだろうし……多分な。
それと、まだ使ってない【棒術】スキルもここで日の目を見ることになりそうだ。……って、俺はまだ棒を用意してなかったな。その辺の木の枝を拾うか? いや、あっさり折れたら困るよな……よし。
俺はツクモガミを起動して――野球用のバットを検索した。
金属よりは、あまり目立たない木製がいい……よし、コレだ。俺は大して塗装も施されていないシンプルなバット、金額は4600Gの物をポチっと購入した。
今まではその場にダンボール箱ごと落ちてきたが、今回は落ちてこない。ツクモガミをチェックすると、バットはストレージの中に入っていた。
しかも既にストレージの中ではダンボールと中身が分離された状態だ。今はまだ俺に巻き付いてぷるぷる震えているヤクモだが、仕事はしっかりとこなしてくれたらしい。
俺は伝わるかはわからないが、軽く首元をポンと叩いてヤクモの仕事を称えると、次にストレージの中のバットをタップ。すぐに手元にバットが現れた。
あまり使われてなかった物らしく、新品同様のものだ。さっそく軽くバットを振ってみる。
ブンッ!
野球は小学校の頃に友達と少し遊んだくらいだが、やたらとスイングが馴染む。これは【棒術】スキルが発動しているのだろう。よし、これならいける。
「俺なら大丈夫だ。キースとラウラは背後から頼む」
「あ、ああ。わかった。イズミ、任せたぞ」
「気をつけて……」
二人に声をかけられた俺は、不安を吹き飛ばすように強く頷いてみせた。
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