76話 冒険者

 俺はキースとラウラと別れると、バットを腰のベルトに引っ掛けて、まっすぐ目的地へと歩いていく。


 ここでいかにも助けに来ましたとばかりに走って向かうと警戒されてしまう。修羅場へと向かう自分の心を落ち着けつつ、ゆっくりと歩いた。


 歩きながら言い争っている二人の声を聞いてみる。どうやら女性の方が抵抗しようと刃物かなにかを出したらしい。しかしその刃物は男に簡単に払われ、男がじりじりと迫ってきている。そんな状況のようだ。思わず走り出したくなる気持ちを抑えて、森の中を進む。


 やがて目的地にたどり着いた俺は、ガサガサと木々をかき分けて現場に足を踏み入れた。


 森の中にしては見通しのいい開けた場所。女性の両手を掴んで今まさに押し倒そうとしている男と、押し倒されそうな女性。二人が一斉にこちらに顔を向ける。


 男の方は無精髭を生やし、歳は三十歳前後だろうか。年季の入った革鎧を身にまとい、腰には長剣の鞘を帯びている。


 女性の方は二十代中頃と言ったところ。目つきがキリッと凛々しい美人。それから巨乳。


 眼鏡をかけており、長めの髪を後ろでくくった姿は理系女子といった印象を受けた。男が強引にことに及ぶ気持ちは理解できないが、ムラムラする気持ちだけはわからないでもない。


「こんにちは……。あ、あれ、どうかしましたか……?」


 俺は森の中で偶然出くわした狩人を装うことにした。そんな俺を見て、腕を掴まれたまま女性が大声を上げる。


「君っ! 急いで森を抜けて近くの村に報告してくれたまえ! この男の名前はドルフ! 冒険者でありながら、護衛の依頼を反故にした者だ!」


「うるせえ!」


 パンと乾いた音が鳴った。平手を打たれた女性はその場に倒れ込み、うずくまりながらもドルフをキッと睨みつける。そんな女性を一瞥した後、ドルフは俺に顔を向けると、鞘から長剣を引き抜いた。


「事情を知られたからには、お前も生かして返すわけにはいかねえなあ。……この辺の狩人か? お前には獣のエサにでもなってもらうぜ。これまでさんざ狩りをしてきたんだ、獣に恩返しをするいい機会だろ?」


「あわわ……。黙っているから許してえ……」


『ブフォッ、なんじゃその芝居。正直面白いんじゃが』


 ようやくグロショックから立ち直ったらしい首元のヤクモからメッセージが届く。うるせえ、気弱な男を演じたほうが隙をつけるだろ。高校時代、三日だけ演劇部に入部した俺の演技力をくらえっ。

 

 俺は震えた声を漏らし、後ずさりながらバットを手に取った。そんな俺のバットをドルフが珍しそうに見つめる。


「ふん、奇妙な棒だな……村の工芸品か? 高く売れそうだし、後で俺がもらっといてやる」


「あ、あの、これは差し上げますう。ですから、命だけは助けてもらえませんかあ……」


「お前を殺して奪い取ればいいだけだ。こんな所にノコノコとやってきた自分の不運を恨むんだな」


「うわああ……許してくださあい~」


 俺は後ずさり、腰を引いたままバットを正面に構える。さぞみっともない格好に見えることだろう。


 その構えを見たドルフは、見くびるように口の端を吊り上げ、剣を右手にぶら下げたまま無警戒に近づいてきた――今だ。


「――フンッ!」


 俺は素早く距離を詰めるとバットをドルフに向けて振り下ろした。不意をつけたかと思ったが、ドルフはその一撃を左腕で受け止める。その痛みにドルフが顔を歪めながら後ずさった。


「ぐうっ……! お前、素人じゃねえな!?」


 手応えはあった。俺の中の【棒術】スキルが、今の一撃で骨が折れたと教えてくれている。


 本当は利き腕側の鎖骨の辺りを砕いて無力化させたかったのだが、三十歳前後のベテランゆえの経験か、ドルフの反応が早かったのだ。


「お姉さん、俺の背後に」


「あ、ああっ……!」


 俺の声に反応したお姉さんは、四つん這いになりながらバタバタと俺の背後へと駆け込む。人質に取られちゃやっかいだったからな。ドルフが突然の反撃と痛みに平静を失っている間にうまくやれた。


「ドルフさん、降参してくれれば、これ以上痛い思いをしないで済むけど……」


「てめぇ、なにを……勝ち誇ってやがるっ!」


 顔を真っ赤にして右手一本で剣を振り下ろすドルフ。だが、痛みの影響か、それとも片手だからなのか、剣に力が乗っていないようにみえる。


 俺はバットを構えると、ドルフの一撃を斜めに受け流した。剣はバットに刃を滑らせながら空を切る。


「――なっ!?」


 剣を流され驚愕の表情を浮かべるドルフ。俺はそのがら空きの胴にバットのフルスイングを放った。会心の一撃といっても過言ではない。まさにホームランだ。


「ぐはっ……!」


 ドルフは体をくの字に曲げ、口から胃液をこぼした。そこに追撃をかけるように、太ももの裏側に一本ずつ矢が突き刺さる。


 痛みに耐えきれず、ドルフはうめき声を上げながらその場に倒れ込んだ。どうやら勝負ありのようだ。


「キース、ラウラ、うまくいったな」


「うむ」

「うん」


 茂みをかき分けてキース兄妹が現れた。それを見てドルフが途切れ途切れに言葉を漏らす。


「なっ……なん、なんだ、お前ら……」


「ただの善良な狩人だよ。とりあえずふん縛るから静かにしてくれよな」


 ――ゴンッ


「あへぁ……」


 バットを頭に振り下ろすと、変な声を上げながらドルフはあっさりと気絶してくれた。これも【棒術】スキルのお陰だろう。よし、これにて一件落着だな。

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