77話 ルーニー

 キースはついさっき狩りで見たのと同じように、慣れた手付きでドルフの手足を縛り付けると、太い枝を組み合わせてソリのような物を作り始めた。これにドルフを固定して引きずって連行するのだそうだ。


 それをなんとなく眺めていると、未だにぺたんと地面に座り込んでいた理系眼鏡女子がようやく口を開いた。


「す、すまない。急展開に少々言葉を無くしてしまっていた……。私の名前はルーニー。ライデルの町で薬師の仕事をしている者だ。私の命と尊厳を守ってくれたこと、深く感謝する」


 そう言って理系眼鏡女子ことルーニーは頭を下げる。なんだかお硬い口調の人なので、俺もそれに合わせることにした。


「たまたま居合わせたですから、気にしないでください。なっ、キース」


「うむ。森の神の信徒として、当然のことをしたまで。ところであなたは何のためにこの森に来たのだろうか?」


「この森に珍しい薬草が生えているという話を耳にしたのだ。それで護衛を引き連れて、ライデルの町から定期馬車を乗り継いでこの森にやってきたわけだが……ご覧の有様ということでな」


 レクタ村には定期馬車の発着所はない。発着所のある村からここまでは歩きで来たということだな。


 キースはソリにドルフを縛り付けると、満足げに頷いて立ち上がった。


「これでよし……と。イズミ、すまないが鳥を狩るのはまた今度だな」


「おう、次の機会を楽しみにしてるよ。とにかく今は村に行こうぜ。ほら、ルーニーさん」


 レクタ村は移住者はあまり受け付けないが、行商人だってくるらしいし、民泊をやっている家くらいならある。まずはそこで体を休めることを提案したのだ。ドルフの処遇のことだってあるしな。


 俺はしゃがみ込んだままのルーニーに手を差し出す。


「あっ、ああ……すまない」


 ルーニーは俺の手を掴んで立ち上がり――


「キャッ」


 バランスを崩して俺の方にもたれかかってきた。この人、キリッとした感じなのに悲鳴はかわいいよな。などと思いながら両手で肩を支える。


「重ね重ねすまない……」


 うつむきがちに呟いたルーニーの体はまだ細かく震えていた。……そりゃそうか、ついさっき襲われたところなんだ。いくら気丈に見えたとしても、少し配慮が足りなかった。


「ルーニーさん、もう少し休んでから行きましょうか」


 だがそんな俺の言葉に、ルーニーはキッと眉を吊り上げる。


「むむっ! いや、こんなものまったく平気だ! 私を見くびらないでくれたまえ!」


 眉を吊り上げて顔を引き締めたルーニーは足をダンダンと何度か踏み鳴らすと、「さあ、行こう!」と藪の中に足を踏み入れ――思いっきり顔からすっ転んだ。



 ◇◇◇



「ぬうう……。すまない、君には迷惑ばかりかけているな……」


 俺に背負われたルーニーが恥ずかしそうに呟く。


 派手に転んだ結果、ルーニーは足をくじいてしまった。ヒールで治してやってもよかったんだが、また無理をしそうな気がしたので、いっそのこと背負っていこうということになったのだ。


 それで当然、力持ちのキースに背負ってもらうつもりだったのだが、顔を真っ赤にして拒否されてしまった。


 かといって女の子のラウラに頼むのなんなので、言い出しっぺの俺が背負うことになってしまったのだ。幸いなことにルーニーは素直に従ってくれた。


 背中にルーニーのボリューミーな部分があたり、ふんわりといい匂いまでするのだが、役得というよりは禁欲生活が続く中で生殺しにしか思えない。俺は気を紛らわすためにも、ツクモガミでルーニーのスキルを見る。


【身体スキル】【精神スキル】には何もなかったが、【特殊スキル】にはスキルが二つあった。


【薬師】【眼鏡美人】


【薬師】は、まぁわかる。でも【眼鏡美人】ってなんだ? 俺は好奇心に勝てず、ルーニーにお願いしてみることにした。


「ルーニーさん。ちょっと眼鏡を外してもらってもいいですか?」


「むっ、眼鏡か……。本来なら拒否するところだが、命の恩人の君が言うのだ、仕方あるまい……」


 と、渋りながらも眼鏡を外してくれた。俺は首をぐるっと回して肩越しにルーニーの顔を覗いてみる。


「おぉお……?」


 自分でもよくわからない声が漏れた。見事にルーニーの目が3が二つになっていたのだ。いや、ブスになったとかそういうんじゃないんだけど……3なんだよなあ……。なるほどなあ……。


「むうっ! 私の素顔を見た者は、みんな君と同じ表情を浮かべるのだっ! もう君が言っても絶対に外さないからなっ!」


 顔を真っ赤にしたルーニーがすぐさま眼鏡を装着する。するとキリッとした顔に戻ったルーニーがぷんすかと口唇を尖らせていた。理屈はわからないがすごいな。


 俺はルーニーに謝罪を伝えた後、ツクモガミで【薬師】の方を押してみた。


《薬に関する技術や知識が手に入るぞい。それよりイズミも【眼鏡美人】を覚えたらどうじゃ。お前のように元が平凡でも、眼鏡をつけたら多少はマシに見えるかもしれんぞ? なんてなワハハ! スキルポイント15を使用します。よろしいですか? YES/NO》


 ぐうっ、うぜえ。なんで薬師のことより眼鏡美人の記述のほうが長いんだよ……。だが薬師スキルは使えそうだ。この機会を逃すとルーニーにお触りする機会もないだろうし、とりあえず覚えておくか。


 俺はまだ首に巻き付いていたヤクモをぺいっと投げ捨てると、YESのボタンを押した。

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